episode 9. 夏の庭

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 グランミリアン家の跡取り息子、エルマディだ。(そば)には、教育係のカペル夫人と、ヴィルジニーの知らない看護師の女性が付き添っていた。 「やぁ、きみもさんぽかい? 夏のこかげは気持ちいいね」  エルマディにそう声をかけられて、ヴィルジニーはどう返答したものか迷った。なんとなく彼には嫌われていないだろうと思っていたけれど、好かれているとも思えなかった。  ヴィルジニーが答えないでいると、エルマディは付き人のふたりに席を外すよう頼んだ。 「まぁ、坊ちゃま、しかし……」  カペル夫人は渋っていたが、重ねて頼まれると「少しの間だけですよ」と言い置いて看護婦とともに姿を消した。  頭上の青い空には、まぶしい太陽とわずかな白い雲が浮かんでいる。  強い日差しを遮ってくれる心地よい木陰のベンチで、エルマディは手招きをした。  しかたなく、ヴィルジニーはベンチに近付く。 「ぼくに、なにか用?」  エルマディは控えめに笑った。寂しそうな笑顔だった。 「きみには迷惑をかけているね……お母さまは、ぼくにこの家をつがせることだけを考えている。お父さまは、お母さまのすることにはあまり反対しない。きみにとってはいごこちのよくない家だと思う」  ヴィルジニーは靴の下で小石を転がしながら「べつに」と言った。 「ごはんはおいしいし、おべんきょうもたのしいし。べつに、なんでもないよ」  それはヴィルジニーの精一杯の強がりだったが、本人に自覚はなかった。エルマディは気付いていて「そうか」と言った。 「なにか困っていることはないかな? ぼくからお母さまにおねがいすれば、できることもあると思うんだけど」  この親切な申し出に、ヴィルジニーはどうしたものかと考えた。  生活に必要なものは全部揃っている。絵本も、部屋にたくさん届けてもらった。困っていることといえば遊び相手がいないことぐらいだが、病弱なこの少年に相手になってほしいとも言えない。
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