episode 1. 赤子の泣き声

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 森から集落のある丘へと続く坂道の途中で、赤子は泣いていた。地に伏して動かない母親の腕の中で。その声は今にも途切れそうな、たよりないものだった。 (腹を空かせているのか)  母親はもう死んでいた。骨が目立つ痩せ細った体はつぎはぎだらけの衣服と汚れたエプロンに包まれ、か細い腕に抱く赤子のくるみも繕いの跡が目立った。  どの時代にも、どこの国にも、富める者と貧しき者がいるものだ。そう考えると、赤子の泣く声は、貧しさを呪う呪詛のようにも聞こえるのだた。  無名の魔法使いは、無造作に赤子を抱き上げた。あやしてやるつもりは毛頭ない。単に気まぐれから出た行動だった。  すると、ピタリと泣き声がやんだ。  痩せすぎた赤子は、ぎょろりとした大きな目で、無名の魔法使いを見つめていた。じっとただひたすらにこちらを見つめる、この森のような明るい緑の瞳の中に、好奇心の光がちらついている。  その様子に、思わず笑いを誘われた。 「お前は私を見ても泣かないのか。それどころか、私の本質を見抜こうとでも言うのか、ん?」  無名の魔法使いが語り掛けると、赤子は「あー」とか「うー」とか意味をなさない返事をした。
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