episode 10. 観察者

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 ガストンは厳しい教師だった。  魔法を修めるためには、まず基礎となる学問を修めねばならないとして、語学、算術、自然科学を熱心に学ぶよう言いつけた。 「わしがここに来られるのは週二回じゃ。だが、そんなもんでは足りん。わしのいない間も、本を読んで学ぶのだ」  ガストンは宿題として、子ども向けの魔術書を渡した。子ども向けと言ってもヴィルジニーには難しいもので、辞書と格闘しながら読まなくてはならなかった。初めて読んだ時は、言葉の意味を追うことに気を取られ、魔法に関するあれこれは正直あまり頭に入ってこなかった。二度三度と繰り返し読むうち、ようやく魔術書の内容がおぼろげに理解できるようになってくる。  ガストンに学び始めて一ヶ月ほど経った頃、彼はようやく魔法を使うことを許可した。それまでは書物を読んで勉強するだけで、実際に使うことは許可されていなかったのだ。 「いいの? 使っていいの? ぼくお空をとんでみたい!」 「ダメじゃ。難しいおまけに危険すぎるわ。だいたいの人間が最初に挑戦するのは、まずこれじゃ」  ガストンは、魔術書のあるページを指さした。 「ここに()っている呪文を唱えてみろ」  そこには、魔女が何もない空から水を取り出してコップに注ぐ挿絵(さしえ)が描かれていた。  ヴィルジニーは緊張しながら、そこに書かれている呪文を読み上げた。 「――恵みの水(プルウィア)!」  最後の言葉は、魔法の発動を促すもっとも強力な呪文で、フォルミュールと呼ばれている。  だがヴィルジニーが発動呪文(フォルミュール)を唱えても何も起こらない。  視線でガストンに助けを求めたが、「最初から、もう一度」と言われ、基本呪文から発動呪文までをなるべく正確に唱えなおした。  しかし、何も起こらない。  ヴィルジニーは、小さな唇をとがらせた。 「……ぼくにはまほうのさいのうがないのかな?」  ガストンはみんなが最初に挑戦する魔法だと言ったのだ。簡単に発動するものだと思っていたヴィルジニーは落胆した。 「そうじゃ。最初に挑戦し、最初の壁にぶち当たる呪文じゃ」  ガストンは、面白そうに目を細めて笑った。  ぽかんと見上げるヴィルジニーに、ガストンはなるべく簡単な言葉を選んで説明した。
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