episode 10. 観察者

3/5
前へ
/70ページ
次へ
「人は不思議な出来事を指して『魔法のようだ』と言うが、魔導士にとって魔法とは、確立されたエネルギーの制御方法じゃ……いや、これは今はよい。魔法を扱うには、その前提としていろんな知識や力が必要なのじゃ。言葉を正しく理解する力、正しく発音する力、術式の理解には算術が役立つ。魔法の代名詞とも言える地火風水の力を操るにはそれらに対する理解が不可欠じゃ……そう、理解。お前さんは、魔法のなんたるかをまるで理解しとらん。だから呪文が発動しないんじゃよ」  まぁ発音もだいぶあやしかったがなと、ガストンは笑った。  笑われたことだけは理解できたので、「じゃあどうすればいいの?」とヴィルジニーはむくれた。 「()ることじゃ。触れることじゃ。今からわしが同じ魔法を行う。じっと耳を澄まして、よく目を開いて、魔法を感じ取れ」  ガストンはゆっくりと呪文を唱え始めた。ヴィルジニーが唱えたのと同じ呪文でありながら、奥深い響きを持っていた。 「――恵みの水(プルウィア)」  ガストンが発動呪文(フォルミュール)を口にすると、何もないはずの空中にキラリと光が生まれ、次いで豊かな水がテーブルに流れ落ちた。  テーブルの端からあふれた水を浴びて、ヴィルジニーは椅子から飛び上がった。  見れば、ガストンはゆうゆうと椅子に腰かけて笑っている。 「もう! なんでぼくだけ!」 「なんでって、ほれ、この机はそちらに向かってわずかに傾斜しておるじゃろ。細かなところに気付く観察眼を養うことも、魔導士には大切なことじゃよ」  六歳の子どもには難しすぎる内容だったが、それでも言われたことはなるべく覚えておこうと、ヴィルジニーは心にメモを取った。  それにしても、ここが屋敷の中でなく、庭に設けられたテラスで良かった。ガストンはなるべく自然の中で学ぶのがよいと言い、天候さえよければこうして外で授業を行っていたのだ。 (ひょっとして、今日のこのためじゃないのかな)  と、珍しく上機嫌なガストンの姿を見てヴィルジニーは疑った。  最近の彼は、人を疑うことを覚えた。無名の魔法使いの場合と同様に、この屋敷の中の複雑な人間模様は、ヴィルジニーの観察対象になった。その人がどう考えてどう動くのかを観察したり推測したりした結果、その人の考えと表面にあらわれる言動とは必ずしも一致しないらしいということを学んだ。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加