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ヴィルジニーは自身の態度にとても気を遣うようになった。当主アルベールがいるときはなるべく存在感を消し、キャロリーヌの前では勉学に励み、サミーとは一定の距離を置き、エミリーとは親しく会話した。
もっとも気を許すことができたのはエルマディと一緒にいるときで、カペル夫人や看護婦の目を盗んでは、よく部屋に遊びに行った。
エルマディはたいていベッドに半身を起こし、読みかけの本にしおりを挟んでサイドテーブルに置き「やぁ」と微笑んで出迎えてくれた。
今日も、いつものようにエルマディの部屋を訪れたヴィルジニーは、彼にせがんで算術の分からないところを教えてもらった。エルマディも勉強熱心な子どもで、体調のいいときはたいてい勉強するか、本を読んでいるかしていた。ヴィルジニーとは一歳しか違わないが、勉強はだいぶ進んでいるようだった。
「……はい、これでできあがり。どう、わかった?」
「んー、んーもういっかい!」
「いいよ」
ヴィルジニーがすぐに理解できなくても、彼は気を悪くすることなく教えてくれる。
ヴィルジニーは、疑問に思ったことを訊いてみた。
「エルマディはこんなにりっぱなんだから、少しくらい体がよわくったって、グランミリアン家のあととりとしてはずかしくないよ。わざわざかえだまなんか用意しなくったっていいのに」
エルマディはひかえめに笑った。
「お母さまは、とても体面をおもんじる人だからね。たった一人のあととりむすこがびょうじゃくでにちじょう生活もまんぞくにできないことは、はずかしいことだと思ってらっしゃるのさ」
「エルマディはそれでいいの?」
「いいかどうかは、ぼくが決めることじゃない」
エルマディと話しているとき、もっとずっと大人の人と会話をしているように感じることがあった。今がまさしくそうだ。
ヴィルジニーは背伸びして、ベッドの上に置かれたエルマディのこぶしをぎゅっと握った。
「でも、エルマディのきもちは、エルマディのものだから。ぼくはいい弟になって、エルマディのことまもってあげるよ」
エルマディはにっこり笑って、同じようにぎゅっと手を握り返した。
「ありがとう。べんきょうねっしんでやさしい弟をもって、ぼくは幸せだよ」
その言葉は、ヴィルジニーの人生の中で“とびきり嬉しいこと”の部類に入った。
ヴィルジニーは緑の瞳をキラキラ輝かせ、「ぼくも、かしこくてやさしいエルマディが好きだよ」と言った。
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