episode 10. 観察者

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『ラブラブですねぇ』  仲睦まじい子どもたちの様子を見て、フォ・ゴゥルは思わずそう口にしていた。 「うん? ラブラブというのは男女の仲に使う言葉ではなかったかな」  無名の魔法使いが真剣に尋ねてくるもので、フォ・ゴゥルも真面目に答えた。 『比喩(ひゆ)みたいなものですよ。そのくらい仲良く見える、ということです』 「ふうん、そうか」  無名の魔法使いは言い、手元に注意を戻した。  両手に棒針をせっせと動かし、クリーム色の毛糸を編んでいく。 (なにも、真夏に編み物をすることもないだろうに)  とフォ・ゴゥルは思うのだが、編み物をしている間はおとなしいのでとても助かる、とも思っている。それにしてもなにを作っているのだろうか。  内心はおくびにも出さず、フォ・ゴゥルは言った。 『ろくでもない家に引き取られたものだと思いましたが、悪いことばかりでもありませんね』 「私は、あの女狐は嫌いだがね」  フォ・ゴゥルは、立てた耳をぴくぴくと動かした。  人間のことを「愚かだ」とか「面倒くさい」とか評するのはさんざん聞いてきたが、好き嫌いで判断したのは初めてではないだろうか。  それはよい変化なのか悪い変化なのか――フォ・ゴゥルは、考えても仕方がないと思いながら思いを馳せずにはいられない。善悪など、立場が変わればたちまちのうちに変化するものだと、知っているというのに。 (あの方にとってよいことか悪いことか――いや、人間にとって、かな)  フォ・ゴゥルは、横目で編み物をするその人を盗み見た。  美しくととのった顔に穏やかな微笑さえ浮かべて、器用に棒針を動かしている。 (この方の中に同居する、酷薄さと慈悲深さ。どちらに比重が傾くかによって、人間世界への影響も変わる)  フォ・ゴゥルもまた、冷静な視点で、無名の魔法使いと世界の関わりを観察しているのだった。
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