episode 11. 麦酒のゆうべ

2/7
前へ
/70ページ
次へ
 男はパチパチと(またた)き――いやぁ、すごい美人だなぁと感嘆の声を漏らした。 (うさんくさい男だ)  と無名の魔法使いは思ったが、そのことは一切表面には出さず、冷たい声で「お前は誰だ」と問うた。 「え? いやぁ、名乗るほどの者では……」  妙なところで謙遜(けんそん)する男を見下ろしていると、バタンと大きな音がして、入り口の戸が開いた。 「また勝手にうろうろして! すぐ迷子になるんだからちょっとは自重しなさい……あら、すごい美人。あなた、お知り合い?」  飛び込んできたのは、男とあまり変わらない年頃の若い女性だ。明るい色の瞳をパチパチと瞬き、「あら、女性かしら、男性かしら?」と首を傾げている。  揃って間の抜けたリアクションをする二人に、無名の魔法使いは毒気を抜かれた。 「この男の妻か?」 「えぇ、残念ながらそうよ。三年くらい前からね。こっちは娘」  彼女が「こっち」と指したそこには、母親に手をつながれ、じっと見上げる灰色の大きな瞳があった。 (二歳を超えたくらいかな)  緑の瞳の孤児を見続けてきた無名の魔法使いは、子どもの年齢をほぼ正確に推測した。  二歳の娘は、父と母と知らない人間(に見ているはず)を見比べると、 「パパ、うわき……」 と発音して、両親を驚かせた。 「リザ! どこでそんな言葉を覚えてきたんだい?」 「あなた! これは浮気だったの!?」  そして両親は顔を見合わせる。前のめりな妻に対し、「そ、そんなわけないじゃないか」と夫は及び腰だった。  ここで、第三者の存在を思い出したらしい妻が、無名の魔法使いに向き直った。 「あぁ、ごめんなさいね、冗談よ。この人にそんな甲斐性はありませんもの」  にっこり笑って言う姿に、この家庭で最も強いのはこの女性だなと確信した。夫はそれなりに整った容貌に思えるのだが……ぼさぼさの髪と分厚い眼鏡は、たしかにやぼったいかもしれない。 「マーサ、お客さんに失礼だよ。みっともないところを見せてすみません。もしやあなたも、珍しい旧文明の遺跡を見学に来たのですか?」  夫が、目を輝かせて言う。  (いわ)く、彼の父は呪文研究家で、呪文の研究の(かたわ)ら旧文明の調査も行っていたそうだ。その影響を受けた彼もまた、旧文明にことのほか興味を持っているという。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加