episode 11. 麦酒のゆうべ

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 親子連れは、海沿いの町にある小さなコテージに宿泊していた。例の中間貯蔵施設から、歩いて三十分ほどの距離にある。子どもの足ではつらいので、父母が交代で抱き上げたりおぶったりして連れて帰った。 「娘の名はリザーナというのですが、あの子に海を見せてやりたくてね。私たち、海のない町に住んでいるものですから。ほら、こうして潮風にあたりながら広い海を眺めていると気持ちいいでしょう?」  丸太を組んで作ったテラスに簡素なテーブルとイスを持ち出して、無名の魔法使いと丸眼鏡の夫――リチャードは晩酌していた。テーブルの上にはふたつのコップに注がれた麦酒と、小瓶に飾られた一輪の花がある。 「ふぅん。海を見ることが、子どもの教育にいいのか?」  無名の魔法使いが尋ねると、「いいか悪いかと言えば、いいんじゃないでしょうか」とリチャードは答えた。 「だって、実際に見てみなければ、海がどんなものか分からないでしょう? 身近に触れて初めて、好きか嫌いか、きれいか(みにく)いか判断することができるんです。新しいものに触れるほど、この子の世界は広がって、きっと好きなものがいっぱい増えていく」  室内からとことこ歩いてきた娘を膝に抱き上げると、リチャードは目を細めて子どもの頭を撫でた。  無名の魔法使いは見た。我が子に触れるその手に、小さくやさしい魔法の光が(とも)るのを。
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