episode 12. グランミリアン家の悲哀

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 その状況は、当然、無名の魔法使いの知るところとなった。  ある夜、無名の魔法使いは密かにグランミリアン家に潜り込んだ。医者と看護婦に魔法をかけて眠らせ、静かに部屋の中央にあるベッドに歩み寄る。  広いベッドにぽつんと横たわるエルマディは、発熱して汗をかいているのに奇妙に青白い顔色をしていた。唇も紫色で、ひび割れが目立つ。  無名の魔法使いは両手をかざし、エルマディの病の様子を調べた。 (これは……少し遅かったか)  病はすでに小さな肉体を極限まで(むしば)み、体力が尽きかけている。仮にいま病を追い払ったところで、残された命は風前の灯と思われた。  どうしたものか魔法使いが思案していると、エルマディがうっすらと目を開いた。 「だれ……?」  澄んだ緑色の瞳で無名の魔法使いを見上げ、しばらく経ったのち、ふっと弱々しく微笑んだ。 「とうとうお迎えが来たみたいだ……天使が見える」  無名の魔法使いも微笑み返した。 「ほぅ、お前の知る天使とはこのような姿をしているのか?」  エルマディは小さく頷いた。 「白い服を着て、髪は長くて、清らかな心をもった美しい人……でも、あなたには羽がないね」 「屋敷の中では必要ないゆえな。隠してある」  なんとなく、エルマディの話に合わせたほうがよい気がして、そのように答えた。  無名の魔法使いは真顔に戻り、「お前、生きたいか?」と尋ねた。 「お前の肉体は長く病と闘ってきたせいで、人としての形を維持できなくなってきている。お前が望むなら生き延びさせてやりたいと思ったが、その時は人としての形を捨てることになるだろう……異形となっても生き延びたいか?」  人として死ぬか、人ではない何かとして生き続けるか――。  難しい選択だろうと思われたが、エルマディはそれほど間を置かず「別にいい」と答えた。 「本当にいいのか? おそらく、これが最後の機会だ」 「うん、別にいい。むしろよく持ちこたえたほうだと思うよ……僕はもういいんだ」  エルマディは熱っぽい息をついた。話すのが苦しいようだ。  無名の魔法使いは少し考え、エルマディの背中を支えて抱き起すと、枕もとの水差しから水を飲ませてやった。
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