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惑わしの森の塔に戻ってきたその人に、いつものような闊達さはなかった。どさりとソファーに沈み込むと、そのまま何時間も身動きひとつせず沈黙している。
フォ・ゴゥルはじっと床に伏せていた。その人が感じている感情を、フォ・ゴゥルも共有していた。かける言葉はなかった。
「……人間の死とは、これほどの喪失感を伴うのか」
『それを、私にお尋ねになりますか』
「お前しか訊く相手がいない」
生命のないフォ・ゴゥルにそのようなことが答えられるはずもないのに、今夜のその人は子どもがダダをこねるように食い下がった。
「人間ひとりの命など、羽毛の一枚ほどに軽いものだと思っていた。私の魔力の前では、吹けば飛ぶ綿毛も同然だ。それなのに……」
珍しいことだった。無名の魔法使いが言葉を途切れさせるのは。
静かな石造りの部屋の中でフォ・ゴゥルは立ち上がり、布袋から一枚の銅貨を取り出した。
『それもひとつの真実です。人間の命は、この銅貨の一枚よりも軽い。しかし他方に、もうひとつの真実も存在します。それは、人間の命は、誰かにとっては自分の命より重く、百万の金貨にも代えられぬ価値があるということです』
フォ・ゴゥルの差し出した銅貨を感情の読めない瞳で眺めていた無名の魔法使いだったが、視線を逸らせるとぽつりと呟いた。
「お前は賢いな、フォ・ゴゥル。このような言い方が適切であればだが……お前は私の理解できないことを知っている」
なんと答えてよいか分からず、フォ・ゴゥルは黙っていた。
無名の魔法使いは気を取り直したように起き上がり、大きな鏡に魔力を注いだ。
鏡面には、不安そうにこぶしを握り締めるもうひとりの緑の瞳の少年が映っていた。
エルマディ・ド・グランミリアンが亡くなったと聞かされた時。
キャロリーヌは甲高い悲鳴を上げ、エルマディの部屋へと急いだ。髪がほつれるのも構わず廊下を走り、乱暴にドアを開けて室内に飛び込む。エルマディは静かに眠っているように見えた。だが、キャロリーヌが細い両肩に手をかけ耳元で名前を叫んでも、彼は静かな眠りから覚めようとはしなかった。
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