episode 12. グランミリアン家の悲哀

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 普段は姿を見かけても滅多に会話しない相手なのでどうしたものかと戸惑っていたら、 「お前、こんなところで何をしている」 と話しかけられた。  珍しいことに驚きながら、「僕にもなにかお手伝いできることがないかと思って……」と答えたのだが、返事は冷たい一言だった。 「お前にできることは何もない」  普段は丁寧に撫でつけている髪の一部が乱れ、アルベールは疲れた様子だった。彼はほとんど一晩、妻に付き添っていたそうだ。 「今お前の姿を見れば、あれはきっとまた恐慌をきたすだろう……お前は自分の部屋に戻っていなさい」  アルベールにそう言われ、ヴィルジニーは仕方なく自分の部屋に戻った。  ベッドに腰かけて本を読もうと思っても何も頭に入ってこない……ため息をついて本を閉じたとき、ノックの音がしてエミリーが朝食を持ってきてくれた。  大きな瞳を悲しみに曇らせた彼女は、「可哀想に……人一倍お勉強熱心で、かしこい坊ちゃんでしたのに」と肩を落としている。  ヴィルジニーはやさしくその肩を撫でた。元気のないエミリーを見ていると、自分もますます落ち込んでくるのが感じられた。  その後も、心に空洞を抱えて、ヴィルジニーはひとり部屋で過ごした。あれほど好きだった魔法でさえ、今は色あせて見える。教科書を開こうとして、やっぱり勉強する気分にはなれず、それを机の上に置いた。  昼食の時間も過ぎ、無聊(ぶりょう)を持て余したヴィルジニーが机に両肘をついてうつらうつらとしていたところに、乱暴な音を立てて扉が開かれた。  驚いたヴィルジニーが入り口を振り向くと、そこにグランミリアン夫人がドアを押さえて立っていた。本来は美しく化粧を施した顔があるはずだが、今の彼女は青白い皮膚に血走った眼をはめ込んでいた。ヴィルジニーは本能的にぞっとして、椅子から飛び降り、数歩後ずさる。
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