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彼女はすさまじい形相でヴィルジニーを睨みつけると、一瞬の間を置いて絞り出すように話し始めた。
「何故……どうしてあなたがここにいるのです? わたくしの可愛いエルマディはもういない、それなのにどうしてあなたがここにいるのです……?」
ヴィルジニーには答えられない問いだった。また、彼女が答えを必要としているようにも見えなかった。ひたすら自分の思いに沈み込んでいるようだ。
「エルマディ……やさしくて母親思いの、立派な息子……グランミリアン家の跡取り……あぁ、どうしてエルマディがいなくなって、他人の子どもが生きているのでしょう」
夫人には、ヴィルジニーの健康な体が呪わしかったのだろう。
エルマディが苦しむ姿を見ていたから、その点についてはヴィルジニーも夫人の気持ちが理解できた。自分の健康を分けてあげたいと、ずっとそう思って暮らしてきたから。彼を失い、失意の底に沈んでいるのはヴィルジニーも同じだった。
しかしこのとき、夫人は明らかに精神に失調を来していた。
「あぁ……エルマディが戻ってくれば……そう、あなたさえ、あなたさえいなければ、あの子は再び、わたくしの前に戻ってくるのです……」
ゆらり、と覚束ない足取りで歩を進めた夫人は、直後、もの凄い力でヴィルジニーの首を絞めた。
「……っ」
ヴィルジニーは夫人の手を振り払おうと、叩いたり引っ掻いたりしたが、そのたびに締め付ける力は強くなった。
その時のヴィルジニーには、夫人が異様な化け物に見えた。牙が伸び、額の皮膚を突き破って角が生えたかのように、恐ろしげな容貌をしていた。
(ぼくは……エルマディの後を追うのか?)
息が詰まって苦しみか悲しみか分からない涙が頬を伝ったとき、部屋に複数の人間がなだれこんできた。
「キャロリーヌ! やめなさい!」
「奥様! いけません!!」
アルベールや使用人たちが、キャロリーヌの腕や体を掴み、ヴィルジニーから引き剥がした。
「あぁぁぁっ! あなた、何故止めるの? こうしなければエルマディが戻ってこられないのよ!」
「落ち着きなさい。こんなことをしても、息子は戻ってこない……おい、鎮静剤を」
アルベールは部屋の外にいた医者に呼びかけ、夫人の体をサミーとともに両脇から抱え込み、なかば引きずるようにして部屋を出て行った。
ヴィルジニーの傍らにエミリーが座り込み、「大丈夫ですか!?」と背中をさすってくれた。
次第にはっきりとした意識を取り戻したヴィルジニーは「大丈夫」と答えたが、心臓はドクドクと嫌な音を立てて脈を打ち、背中を冷たい汗が伝うのを感じた。これほど間近に迫る死を感じたのは初めてのことだった。
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