episode 13. 落葉の一本道

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「風を起こすのは簡単じゃが、操るのは難しい。まずこの呪文を練習することじゃな」 「うん、わかった」  ヴィルジニーは杖をついたガストンの斜め後ろを歩いて、玄関まで見送りに行った。初めてガストンが教師としてやって来てから、ずっと続けている習慣だった。 「それと、魔法はいついかなる時でもお前さんの力になる……たとえ生活の場所が変わってもな」 「うん、そうだね」  玄関ホールに立ち、扉を開けるガストンの背を見送る。  彼は杖を掲げ「縁があれば、またな」と言って去って行った。  彼が立ち去ってもしばらく、ヴィルジニーは玄関から動かなかった。  それから幾日も経たないうちに、別れの日は訪れた。  グランミリアン家から出されることは覚悟していたので、ヴィルジニーはガストンに譲ってもらった教科書など、必要なものはすぐ持ち出せるよう身支度していた。  だが、アルベールのこの言葉には不意打ちを受けた。 「ここから少し北上したところにある孤児院に、お前を預けることにした」 「それは……前にいた孤児院じゃない。同じところに帰りたいです」 「一度引き取った子どもを返すなど、グランミリアン家の体面に関わる。同じところにはやれない」  そして、さらなる衝撃が襲った。 「たった今から、お前はグランミリアン家とは縁もゆかりもない人間だ。新しい孤児院でも、我が家の名前は口にしないように。当然、エルマディの名を名乗ることも、ヴィルジニーと名乗ることも許さない」  少年は、緑の目を見開いてその言葉を聞いた。 「じゃあ……僕はだれなの?」 「誰でもない。ただの孤児だ」  アルベールは「出発は明日の未明だ」と付け足すと、ヴィルジニーの部屋から出て行った。  これにショックを受け、涙ぐんだのはエミリーだ。 「まぁ、なんてひどい! 明日いきなり出て行けなんて……しかもあんなおっしゃりよう、あんまりだわ!」  エプロンで涙を拭うエミリーの肩をそっと撫でながら、ヴィルジニーもショックを隠せなかった。  グランミリアン家を去り、懐かしい孤児院で「ヴェルデ」に戻れるのだと思ったのに、違っていた。四年間使っていた「ヴィルジニー」という名前も取り上げられ、たった今から「誰でもない」人になったのだ。 (僕には生きていく場所も、名前もないっていうの?)  元の居場所に戻れる、また兄弟たちに会える。院長先生は、きっと笑顔で出迎えてくれるだろう――そんな幸せな未来図は崩れ去ってしまった。  ただただ悲しく、寂しかった。  こういう感情を空虚と呼ぶのかと、ぼんやり考えた。
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