episode 14. 二つ葉のシロツメクサ

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episode 14. 二つ葉のシロツメクサ

 まるで夢を見ているようだ、と少年は思った。  そうでなくては、こんな美しい人が自分の目の前にいるはずはない。落日の余光をまとい黄金に輝くその姿は、神秘的でさえあった。  親しい人を失った哀しみも、名前を取り上げられた虚しさも……少年は自分を取り巻くすべての状況をこのときばかりは忘れて、目の前の美しい人に見入った。 「あなたは……だれ?」  その人は瞳と唇の両方に、静かな笑みを浮かべた。 「私は名前のない魔法使いだ。お前が理不尽に失ったものを与えに来た」 (このきれいな人が、魔法使い……)  少年は枯草を踏みしめ、一歩、また一歩とその人に近づいて行った。  名前を持たないふたりが、互いに互いを認識したうえでの初めての邂逅(かいこう)だった。 * * *  無名の魔法使いは、ずっと見ていた。  キャロリーヌの錯乱、アルベールの冷淡さ……それによって少年が傷つく様を。  無名の魔法使いが、少年に害を及ぼすものを排除することは簡単だった。だが同時に、それが秩序にもとる行為であり、少年の幸福に寄与しないことを理解してもいた。だからこそ、グランミリアン夫妻への干渉は避けたのだ。  そして、なにが少年を幸福にするか――無名の魔法使いは考えた。千年以上の時を存在して初めて、人間を幸福にする方法に知恵を絞った。そして決めた。世界の営みに、私意を()って介入することを。つまり、たったひとりの人間に心を砕くことを。
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