episode 14. 二つ葉のシロツメクサ

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 無心に自分を見上げる、初夏の光を浴びた新緑のような瞳を見返し、心の中で自身を(あざけ)る。 (もう何年も前に。その瞳が、その指先が、私に小さな魔法の光を与えたときから、私の心は決まっていたようなものだ)  それは今日にいたって初めて自分の心に気付いた自分自身の愚かさへの(さげす)みであり、自分に心というものが存在した事実についての嘲弄(ちょうろう)でもあった。  あの時。  人間たちが「幸運のお守り」という小さな魔法が、無名の魔法使いを文字通り刺したとき。  無名の魔法使いを形づくる膨大な魔力に、ひびが入った。その小さな小さな亀裂は未だ(ふさ)がることなく、修復を試みてもまったく修復されない。初めて負った傷は、決して癒えない不治の傷だった。それを与えたのが、当時わずか一歳そこそこの人間の赤子だったのだ。  フォ・ゴゥルが“愛情のしるし”と呼んだ光が。春の木漏れ日に似た、ひたすらに優しいその光が。つまりは、人間の心が生み出す“愛”という心だけが――。  無名の魔法使いの存在を破壊する、唯一無二の方法である。  そのことを無名の魔法使い自身が悟り、それともに未来を受け入れた。いつの日か、自分が滅びる未来を……。  この世界は、箱庭なのだ。  無名の魔法使いが管理する、戦争のない安息の世界。  それは、二つ以上の価値観を持つ人間たちが決して築くことのできない、(いびつ)な世界。  新秩序の成立から、すでに一千年以上が経過した現在(いま)。  もうそろそろ、箱庭の世界は崩れ去るときが来たのだ。互いに憎み合い、互いの正義を譲らず争い、それでも手を差し伸べ合って綱渡りの平和の上に成り立つ混沌の世界へ、人間たちは(かえ)るべきなのだ。  そのための、これが最後の自分の役割だ。
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