episode 2. 魔法使いの日課

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「パメラの墓が原因? だったら破壊してくれよう、あんなもの。死者もそれを望むだろう。本当にそれが原因ならばな。どうせ異なる思惑があるのだろうが」 『……おっしゃるとおり。パメラ・シージェンスのことを建前に、領土を拡大する心づもりのようです』  くだらない、と無名の魔法使いは吐き捨てた。 「食うものに困るほど、人口が急激に増えたわけではあるまい。領土が大きいほど立派な国、というのは単なる幻想だし、そもそも国家というものが、人間が生きていくために必要なシステムのひとつにすぎないというのに」  国家が人間を生むのではない。生きている人間が集まって国家を形成するのだから、国家が人間を、人の命をないがしろにするということは、長期的に見れば自身の衰退をまねく。何千年、何万年と歴史を積み重ねながら、人間はまだそのことを学ばないようだ。  もっともこれには無名の魔法使いにも責任がある。核兵器を隠蔽(いんぺい)する目的から旧暦の文化・思想・歴史に関する記録の大部分も隠蔽したため、現代の多くの人間は旧暦の人間の営みについて無知なのだ。いくばくかの知識を有しているのは考古学者や旧文明の言語を学んだ呪文学者くらいのものだろう。 「犬どもをけしかけて、軍を弱らせろ。それで侵攻を諦めれば良し、そうでないときは次の手を考える」 『かしこまりました。自治領のほうは、主戦派の人間を、何人か噛み殺しておきましょう。それで火は下火になるかと』 「あぁ、そうしてくれ」  まったく人間は世話が焼ける――無名の魔法使いは嘆息し、いつの間に手にしたのかシャボン玉をぷかぷかと浮き上がらせた。空に舞う虹色の小さな球体には、それぞれにぼんやりと、ひとりの赤子の姿が映し出されている。離乳食を食べる姿、すやすやと眠る姿、火が付いたように泣く姿――すべてが生き生きと映し出され、弾けて、空へと消える。  そのひとつひとつを、つまらなそうに、しかし関心をもって見つめる無名の魔法使いの胸中を察することはフォ・ゴゥルには出来なかったが、「(むな)しい」という感情はこういうものではないかと思いつつ、白い煙となってその場から姿を消した。  シャボン玉が気に入った無名の魔法使いは、大きな岩に腰かけて、ぷかぷかと虹色の球体を生み出していた。草原を疾る風にあおられてそれらの寿命は短かったが、あとからあとから生み出されてキラキラと光を反射し、草原に透明な影を落としている。
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