第19話 越えてはならない一線

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第19話 越えてはならない一線

10時。 ポーン、ポーン、ポーンと音が鳴る。 『ご機嫌いかがでしょうか?皆様。先日の要望品の衣類をお届けしますのでお受け取りください。』 ピーッ、ピーッ、ピーッと音が鳴りサチュレーションが開く。不思議な事に、皆がいま着ている服と全く同じ服が一式用意されている。全く同じ物をどこでどう手に入れたのか?ご丁寧に下着まで一緒であった。男性陣の視線が気になる。 「何だお前、こんなエロい下着着けてんのか?」 多田がニヤニヤしながらゆきなの下着に視線をやる。 「か、関係無いでしょ!」 ゆきなは顔を真っ赤にして下着を隠す。 「最っ低・・・。」 麗華が呆れる様に多田に言い放つ。 『なお、要望品受付のサービスは本日をもって終了とさせて頂きます。明日からはゲーム方式で新たなサービスを提供する予定です。ご期待くださいませ。』 麗華達のやりとりの最中もアナウンスは続けられた。 「今日で終了・・・でもって明日からゲーム方式・・・か・・・。」 西山がアナウンスの説明を確認する。 「ゲーム方式って・・・どういう事ですかね?」 美奈子が不安そうに聞く。 「わからない。全ては明日判明するさ。食べ物のサービスでもあればいいが・・・。明日まで待つしかなさそうだな。」 西山もこれ以上は考えても特に得られるものは無かった。 「む、無理だよ。明日まで待つなんて。も、もう、僕は限界だ。良いよね・・・食べても。」 太一の発言に皆が耳を疑う。食べる?何を?冷蔵庫の中の肉を?それはつまり・・・食人を意味する。共食い。自然界では強い種を残す為、ごく普通に行われる行為ではある。他国では食人文化のある場所が存在するという事も聞いた事がある。戦時中、洞窟に身を隠す兵士が、食料が無くなり、先に死んだ兵士の肉を食べて飢えを凌いだなんて話も聞いた事はある。否定をするつもりは無い。が、容易には受け入れられない。自分の目の前で、人が人を食べるという行為を容認する事が。 「本当に・・・食べるのか・・・?」 西山が太一に質問する。 「元々そのつもりで解体して冷蔵庫に入れたんじゃないのか?今更違うなんて言わせないぞ。」 太一が冷たい視線を西山に送る。 「ああ。そのつもりだ。だから別に咎めはしないよ。」 非常食であった。西山も苦渋の決断ではあった。このまま食料不足が続けば、いつかはあの冷蔵庫の中の肉に手を出す事になるだろうと。それは覚悟していた。まさか、こんなに早く手を出す事になるとは思わなかったが。 太一が冷蔵庫の肉を取り出す。腕だろうか?遠目からなのでよくわからない。包丁で荒々しく肉を削ぎ落とす。あまり長時間見たい光景では無かった。行為自体は猪の時と何ら変わらないのだろうが、それが人となると見ていて気が狂いそうになる。 ある程度の量を切り落とすと、太一はフライパンで肉片を焼き始める。肉の、いや、人の焼ける匂いが充満していく。さとこが今にも吐きそうに口元を押さえている。太一が何やら何種類もの調味料をかけている。なんでも良かった。とにかく、1秒でも早くこの人が焼ける匂いを消して欲しかった。 「出来たぞー。ふへへへ。」 こんがりと焼けたフライパンの中の人肉を見て太一がよだれを垂らす。 「さあて、人間の味はどんな味かなぁ〜。」 ゾッとした。身の毛がよだつ。振り向いた太一の顔は完全に狂っていた。さすがの太一でも平常心で人肉を食べる事は出来なかったのだろう。完全に開き直っていた。太一は皿に移す事もなく、フライパンの中の人肉を口に入れる。クチャクチャと汚い耳障りな音を立てる。 「うん!美味いかどうかは置いといて、食える!全然食えるぞ!へへへへ。」 久しぶりの食事に太一は満足そうに声をあげる。女性陣は早々に部屋に戻る。着替えもしたかったのだろう。何はともあれ、太一のおかげで、いざとなれば、焼けば人肉は食せる事が分かった。無論、同時に自分が食べられる可能性も出てきたが・・・。
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