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第35話 ベッドからの景色
《うぅ。ものすごく気分が悪い。吐きそうだ。》
山根裕二は自宅のベッドの上に居た。2週間程前に床に伏してからは、まだ一度も目を覚ましていない。母親が倒れている裕二を発見した時は、すぐ横に大量の睡眠薬がこぼれ落ちていた。裕二は母親の都合で出生届が出されていない為、戸籍が無い。紙面上ではこの世に存在しない事になっている。それを知る母親は病院に連れていく事を拒んだ。裕二は何度も何度も生死の境を彷徨った。
《ここはどこだ?夢の中か?》
裕二は暗闇の中で宙に浮いている自分を第三者の様に確認する。足は地面に着いてなく、フワフワと暗闇を漂っている。そんな裕二のそばを見覚えのある景色がゆっくりと流れる。それは様々だった。母親の顔、昔一緒に遊んだ様な気がする男の子、なつかしい場所、家の近くに住み着いた野良猫や、川や海、色々なものが走馬灯の様に流れては消える。その中で一際目立つ光があった。長方形で眩い光を放つそれは、裕二にとって何かは分からなかった。ただ、直感的にその光の中に入れば、生き返る事が出来ると思った。何となくではあるが、今、自分が生死の縁を彷徨い続けているという自覚はあった。
《早くあの光の中に入らなければ!消える前に!》
裕二は空中を泳ぐ様にその光の方へと向かう。
《この中に入れさえすれば。》
光に手をかけた瞬間、裕二はその手を払いのけられる。
《な!何で!?》
光で良く見えなかったが、中に人影があった。
《さ、さとこ!!!》
そこには裕二の侵入を必死で拒むさとこの姿があった。何度光の中へ入ろうとしてもさとこに払いのけられる。
《邪魔をするな!》
裕二は諦める事無く光の中へと手を伸ばす。が、ことごとくさとこに払いのけられる。
「アンタに生き返られると困るのよ。もう私達みたいな人を増やしたくないの!意地でもこの中には入れないわよ!」
さとこが冷たく言い放つ。次第に光はさとこごと消えた。
山根裕二は息を引き取った。その顔は何とも言えない苦悶の表情を浮かべていた。
ーー完ーー
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