第13話 秀才の考察

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9時。 1号室。 ゆきなは目が覚め、ふとベッドで寝ているさとこを見る。さとこはまだ寝ている。額に手をあててみると、どうやら熱が下がっているようだ。ゆきなはホッと胸を撫で下ろし、リビングへと向かった。 リビングでは既に太一とさとこ以外のメンバーが集まっていた。空腹であまり寝付けなかったのだろう。それはゆきなも同じであった。裕二が皆の分のコーヒーを入れてくれる。ドリンク類が豊富にある事だけがせめてもの救いだった。 「くそ!腹が減り過ぎてイライラするぜ!」 多田が貧乏ゆすりをしながら舌打ちをする。その張り付いた空気に皆がたじろぐ。多田の座った横にはあのボウガンがあるからだ。 「大丈夫よ。あと少しの辛抱よ。今日こそは食料が届くとはずだわ。信じましょう。 麗華が多田をなだめる。食料が届く根拠などどこにも無かったが。 11時。 緊迫が続くリビングの空気を和らげる人物が現れた。さとこだ。フラフラとした足つきではあるが、熱の下がったさとこがリビングへと登場した。 「みんなご迷惑をおかけしました。」 照れ笑いをしながら謝る様子を見ると、だいぶん体調が戻った様だ。ゆきなも一安心した。 「ホントに、心配したわよ。」 と麗華。 「薬が効いて良かったですねぇ。」 美奈子もさとこの復帰を喜んでいる。 「薬を飲んでも熱が下がらなかったらどうしようかと思ったよ。」 裕二も胸を撫で下ろす。 「あ、そうだ!さーちゃんお腹すいてない?さーちゃんが元気になった時のために一つ残しておいたのよ。カップラーメンだけど。病み上がりにカップラーメンは流石にキツイかな?でも、何か口に入れておいた方が良いよね?」 この状況でさとこにだけ食事をさせるのは少し他のメンバーに気が引けたが、少しでも体力を回復させてもらいたかった。それに、私達は全員インスタント食品食べてるし。唯一食べていないさとこが今食べたところで、誰も何も文句を言わないはず。 「うーん、正直まだあんまり食慾無いんだけど・・・せっかくだから頂いとこうかな。」 「うん!インスタントでも少しは口に入れといた方が良いよ!」 そう言うとゆきなはキッチンへ行きカップラーメンをしまった戸棚を開けた。そこで一瞬ゆきなの動きが止まる。一瞬記憶違いかと思ったが、間違いない。間違いなくここにしまったはず。その後・・・移動をさせた記憶は無い。あるはずの物がその存在を消していた。 「ねえ、ゆきなちゃん、そのカップラーメンって何味?醬油味だったら最高だなー。」 それを知らないさとこが無邪気に質問してくる。 「あ、えーっとね、確か、醬油味だったとおもうんだけど・・・ちょっと・・・待ってね。」 さとこを期待させた手前、ゆきなが焦る。他の場所も何度も探す。が、無い。どこを探しても出てこなかった。 「ごめんね・・・さとこちゃん。ここにしまったはずなんだけど・・・無くなっちゃった・・・みたい。誰か・・・知らないよね?」 ゆきなが恐る恐る全員に聞いてみる。 「何だ?疑ってんのか?俺は知らねーぞ。」 明らかに多田が不機嫌そうな顔をしてゆきなを睨みつける。他のメンバーも互いに顔を見合わすが、誰も心辺りが無い様子。 「またアイツか。」 皆が心の中では思ったが、口には出せなかった事を多田が平気で口にする。多田のフラストレーションが太一に向けられた事を皆が悟った。 「あ、大丈夫よ。私、ホントにあんまりお腹減ってないから!」 さとこも事を察して、立ち上がろうとする多田をなだめる。 「お前の腹が減ってるとか減ってないとかの問題じゃねーんだよ。」 多田の動きは止まらない。横に置いていたボウガンを手に取り立ち上がる。 「ちょっと待ってください!流石にそれは物騒ですよ!」 山田が慌ててボウガンを取り上げようとする。 「うるせー!」 多田に突き飛ばされた山田は体制を崩しテーブルの角で頭をぶつける。山田のこめかみから血が流れる。 「ちょっとやめてよ!」 ゆきなが仲裁に入る。仲裁に入ったゆきなも強く押され尻餅をつく。 「多田さん!いい加減にしてください!落ち着いてください!」 裕二も殴られるのを覚悟して止めに入ろうとする。が、裕二の予想に反して殴られる事は無かった。代わりに、ボウガンの矢の先端が裕二に向けられる。 「俺に指図するな!」 矢の前に多田の鋭い視線が裕二に突き刺さる。次は・・・矢が飛んでくる。とっさに裕二はそう感じた。 誰もが息を呑んだその瞬間、ピーッ、ピーッ、ピーッとサチュレーションの音がした。 12時。 このゴタゴタで時計を見るのを誰もが忘れていた。お決まりの新メンバーの登場だ。 が、サチュレーションから見えるモノは、『人』ではなかった。 誰もが自分の目を疑った。 「!?い、猪!?」 山田が頭から血を流しながら誰よりも先に口を開いた。間近で見ると、とてつもなく大きく見える。その猪は今にも突進してきそうなくらい荒い鼻息をあげている。 「マジか。」 大きな猪は一番近くに居た西山目掛けて突っ込んできた。西山は間一髪避ける。勢い余った猪はそのまま壁にぶつかり、何事も無かったかのように振り返り次の的を探している。しばらくの間、どちらも動く事無く、人間と猪の睨み合いが続く。 「多田さん!今こそボウガンの出番です!」 山田が多田に向けて叫ぶ。 「貴重な肉が手に入るぞ。」 西山もボウガンの威力に期待する。今あの猪を仕留める事の出来る道具は、この家の中ではボウガン以上の物は無いだろう。 「矢は一発しかねぇ。外したらやべえな。」 多田がボウガンを身構える。 猪が再び動きを見せた。次のターゲットは裕二だ。鋭い牙の先端が裕二に向けられる。ターゲットを決めてからの動きは早い。猪が突進してくる。裕二は咄嗟に一人掛け用のソファを猪の進路に移動させ身を守る。勢いよく猪がソファに突撃する。ソファ越しでもその衝撃は大きい。ソファの一部が猪の牙によって激しく切り裂かれる。もし、我が身だとしたらと思うとゾッとした。 「チッ!狙いが定まらねえ!おい!誰かその猪の動きを止めろ!」 多田はちょこまかと動き回る猪にイラついていた。 「多田さん!動きを止めるなんて無理ですよ!デカ過ぎますよこいつ!」 祐二が拒否する。もちろん、他のメンバーでも生身一つでこの大きな猪の動きを止める事など出来るはずもなかった。猪が一定の距離を保ちながら次のターゲットを決めるべくウロウロしている。 「チッ!役立たずが!」 裕二に放ったこの大きな一言で、局面が動いた。猪は意を決したように多田を正面に捉える。 「次は俺かよ。ふん、狙いやすくて丁度いい。」 多田の直線上に息を荒げた大きな猪。猪の直線上にボウガンを構える多田。周囲に緊張感が走る。猪はずっと多田を見据えたまま動きを見せない。しばらくこう着状態が続く。しびれを切らしたのか、先に動いたのは猪だった。一心不乱に猪は多田を目掛けて突っ走って来る。多田はこの時を待っていた。今なら、ボウガンの矢は避けられないはず。チャンスは一回のみ。 「ふん!」 多田が息を吐くと共に、勢いよくボウガンの矢が放たれる。それは一直線に猪の喉元に見事命中した。このまま、心臓まで届いていれば勝負は決まったはず。仮に急所を外していたとしても、矢が内臓まで届けば間違いなく致命傷となるだろう。そこまでクリアできれば後は何とかなるか・・・。目の前では突進してきた猪が文明の利器により制裁を与えられもがいている。まだ油断は出来ない。 しばらくすると、猪は大きな体を、ドタンという音と共に床へ横に倒した。まだ苦しそうに息をしている。が、時間が経つにつれ、だんだんとその呼吸は浅く小さくなっていった。猪は皆の見ている前で死んだ。
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