第13話 秀才の考察

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ダストボックスのある部屋。 裕二は覚悟を決めて、猪の喉元に包丁を深く刺した。猪はまだ温かい。既に死んでいる為、包丁を入れても血が吹き出すといった事はなかったが、それでもドロドロとした赤い血が執拗に滴り落ちていた。 次に裕二は猪の腹に包丁を当てる。首を切る時以上に勇気がいる。切った後の惨劇が容易に想像できるからだ。一気に包丁を突き刺さず、少しずつ少しずつ腹の肉を切り分けていく。ある程度切った所で、腹の中の臓物がドロっと出てくる。腸だ。裕二はそのグロテスクさと独特な血の匂いで一瞬吐き気をもよおす。が、ここで止めるわけにはいかない。貴重な食材だ。魚も鶏も猪も大して差は無い、サイズが違うだけだと自分に言い聞かせた。 「おえーっ。」 後ろを振り向くとさとこが口を押さえて涙目になっている。 「さ、さーちゃん!何してんの?見ない方がいいと思うよ。あっち行ってな。」 裕二がシッシッと犬でも追い払うかの様に手を振る。 「いや〜、ちょっと怖いもの見たさというか・・・見て・・・後悔した・・・。」 さとこが明らかに項垂れている。 その時、部屋の外から多田の怒声が聞こえた。 「おい!テメエ何今頃ノコノコ現れてんだよ!」 多田は太一の胸ぐらを掴んでいる。が、それは裕二とさとこの位置からは見えない。只事では無いと思い、様子を見に行きたかったが、あいにく今は血まみれ状態。とても手が離せない。 「なんか怖いよ・・・。」 「さーちゃん、俺がちょっと見てくるからここに居な。」 まあ、すぐ横に猪の死体があるので、ここも決して居心地の良い場所では無いだろうが。裕二は血まみれの服と靴のままリビングに向かった。 「な、何だよ!僕が何したって言うんだよ!」 多田に胸ぐらを掴まれ苦しそうに顔を背けた先に、血まみれで包丁を手に持つ裕二の姿が見えた。 「ちょ!ちょっと待ってくれよ!説明してくれ!何でこんなに家の中が荒れてるんだ!?裕二は何で血まみれで包丁を持ってるんだ!?何があったんだよ!」 太一がパニックに陥る。まあ、それも仕方がないと言えば仕方がない。部屋の様子は昨日太一が眠りにつくまでの状態とはガラリと変わっていた。西山が現状を説明する。多田の手はまだ太一の胸ぐらを掴んでいる。 「助けてくれ!僕は何もして無いじゃないか!知らなかったんだ!みんながそんな大変な事になってるなんて!だから!手を離してくれ!」 太一が懇願するが、誰もすぐに太一を助けようとする者は居なかった。 しばらくして美奈子が太一のそばに駆け寄る。 「おい!お前!早く助けろ!こいつを説得しろ!」 太一がもがく。 「『こいつ』だと?」 多田が更に力を強める。 「大丈夫ですよ、太一さん。助けてあげられます。あなたが・・・正直に白状してくれれば・・・。」 美奈子の眼鏡の奥にある目は冷たく、寂しげだった。 「太一さんも知っているでしょう?ほら、さーちゃんが熱を出した時、食べる事が出来なかったさーちゃんの為にカップ麺を一つ残しておいた事を。今日さーちゃんに食べて貰おうと思って、ゆきなさんが探したんですけど・・・何処にも無いんです。何か・・・知らないですか?」 美奈子が感情も感じさせず淡々と喋る。 「そ、そんなの僕が知る訳ないだろ!」 美奈子が多田の目を見て一回だけ静かに頷く。多田は美奈子の言いたい事を察して、更に強く胸ぐらを掴み、もう一つの手で太一の首を絞める。 「グッグッ、わかった!食った!俺が食った!」 それを聞いた美奈子が多田の手にそっと自分の手を重ね、また一度だけ頷く。 「手を離してあげてもらえませんか?」 美奈子が多田にお願いする。 「チッ!マジで腹の立つ豚だぜ!」 多田は両手を太一から離す。 「太一さん、正直に言ってくれてありがとうございます。」 その言葉を言い終えるや否や、美奈子は太一の頬をこれでもかというくらい激しくビンタした。美奈子の意外な行動に麗華以外のメンバーが驚く。麗華は当然の報いだという感じで静かに状況を見守っていた。 「ここでは、盗み食いは大罪なんじゃなかったでしたかね?」 そう言ってもう一発太一に強烈な平手打ちをかます。 「失望させられ過ぎました。」 冷たく言い放って美奈子は太一の側から離れた。 「やれば出来るじゃない。」 すれ違い様に麗華が声を掛ける。 「麗華さん見てて、私もちょっと強くなりたいなって思って。」 美奈子がニコッと笑う。麗華も一緒になって笑った。 「とりあえず太一さんには罰として、僕と一緒に猪の解体を手伝って貰います。太一さん、こっちです。」 裕二が太一を呼び寄せる。 太一が渋々裕二のもとへ歩み寄る。《クソ!裕二め!何が罰としてだ!偉そうに!あー、気に食わない!裕二も、多田も!麗華も!美奈子も!みんな殺してやりたい!死ね!死ね!!死ね!!!》太一は心の中で叫んだ。
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