第16話 似た者同士2

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第16話 似た者同士2

11時。 皆が揃ったリビングに遅れて多田が来る。手には相変わらずボウガンを持っている。妙な緊張が走る。朝の挨拶を交わす者は誰も居ない。多田はそのままキッチンへと向かい冷蔵庫から猪肉を取り出し焼き始める。肉の焼ける香りが拷問に近いくらいの苦痛を他のメンバーに与える。焼けた猪肉に焼肉だれをかける。その香りが更に他メンバーの鼻腔と胃をいたずらに刺激する。 「た、多田さん!後片付けは全部僕がやっておきます!ですので・・・その・・・少しだけ肉を僕に分けて貰えませんか?」 太一があからさまなゴマをすりながら多田に歩み寄る。 「うるせぇよ。邪魔だ!」 が、多田はそんな太一に裏拳を放つ。それが太一の鼻に炸裂する。 「うぅ。」 太一が鼻を押さえてうずくまる。 皆が羨ましそうに見ている中、多田は悠々と猪肉を食べ始めた。 今、ボウガンは多田の側には有るものの、両手からは完全に離れている。そして太一は正にそのボウガンのすぐ近くに居る。皆が太一に合図を送る。そのボウガンを奪えと。おそらく上手く太一が奪えたとしても、太一の性格からして、今主導権を握っている多田から太一に権利が移行するだけだとわかっていた。あいつはきっと多田と同じ様に肉を独り占めしようとする。が、多田がボウガンを持っているのと、太一が持っているのとでは危機感は大きく違った。何の確証も無いが、ボウガンを持っているのが太一なら何とかなりそうな気がした。 鼻の痛みが引いた太一が皆に気づく。皆、何か言いたそうだ。が、上手く汲み取ることが出来ない。太一が一人オロオロとする。見兼ねた山田が指を指して伝える。そこに有るボウガンを奪えと。 場に今まで以上の緊張が走る。しんとした部屋に多田が鳴らすクチャクチャという咀嚼音だけが鳴り響く。太一が恐る恐るボウガンに一歩近づく。多田は気づいていない。太一はもう一歩踏み出す。と同時に音を立てずゆっくりとボウガンへと手を伸ばす。多田は相変わらず肉を食べ続けている。また少し太一はボウガンに手を伸ばす。ボウガンまではもう目前だ。多田は気づいていない様だ。今だ!と思いボウガンを奪おうとする。太一の手がボウガンに触れる。誰もがやった!と思った瞬間、太一の手に多田の手が覆い被さる。 「何やってんだお前。」 多田が冷たく言い放つ。太一が青ざめる。 「お前、山田とか言ったっけ?殺すぞ。」 そう言ってボウガンが向けられたのは山田だった。山田の無言のジェスチャーは多田にバレていた。 「す、すみません!」 山田は咄嗟に謝る。 「いや、もう遅せぇ。」 多田の目は血走っている。おそらく、本当に多田は山田を撃つ。皆がそう思った。太一は矛先が自分ではないことに心底安堵した。 「その後にお前ももう殺す。」 振り向き様に多田が太一に凄む。 「ヒイッ!あいつに!あいつにそそのかされただけなんです!」 太一が山田を指差す。 多田が山田に近付こうとしたその時、ピーッ、ピーッ、ピーッという音がした。 時刻は12時。 太一以外の皆の頭の中に昨日の悪夢が蘇る。今日は?人か?獣か?それとも別の何かか? 皆がサチュレーションに目を向ける。 サチュレーションの扉が開く。中に居たのは『人』だった。とりあえず皆は安堵する。が、それも束の間、一瞬にして皆が凍りつく。何というか、上手く表現は出来ない。だが、そいつはとてつもなく悪のオーラを纏っていた。無論、人を見かけだけで判断するものではないし、今の所何か被害があった訳でもない。だか、察する事が出来た。予感がする。こいつは本当にヤバイと。それは初見で多田に感じたものよりもはるかに上を行っている。 「ほう。何か良い匂いするなぁ。腹減ってんだ俺。何食ってんだお前。」 大男は多田に睨みをきかす。 「誰だお前。」 多田も負けじと睨む。 「質問に答えろよ。何食ってんだって聞いてんだ。」 大男がイラつきはじめる。 「で?誰だよお前。」 多田のこの言葉で大男に火が着いた。 「気に入らねえなぁ。お前。」 大男が多田にゆっくりとゆっくりと歩み寄る。 多田はボウガンを構えている。一筋縄で行く相手ではないことを多田は悟る。大男は歩みを止めようとはしない。 「あと二歩近づいたら撃つ。」 多田の目は本気だった。大男が更に一歩近く。 「最初から道具に頼るのかよ。良いぜ。撃ってみろよ。ただし、外した時は覚悟するんだな。」 大男は多田を睨みながらニヤリと笑う。大男の発する狂気という名のオーラはその場に居た全員を恐怖に陥れる。もちろんそれは多田も例外ではなかった。喧嘩慣れしている多田だからこそ、この大男が只者ではない事を誰よりも理解していた。 「どうした?手が震えてるぞ。」 指摘されたくなかった事を大男は嘲笑うかの様に指摘する。
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