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第十一章 裏切り
水島での戦いを初め、義仲軍は平家との戦いに苦戦を強いられていた。まるで平家側は義仲軍の動きを読んでいるかのようにどんどん追い詰めてくるし、そのうち義仲軍の兵士は疲弊していった。一方で頼朝は法皇によって伊豆に流されるきっかけとなった平治の乱以来止められていた位階を復され、東海、東山両道諸国の支配権を得た。そんなときだった。戦をしていた義仲にある話が届く。
「殿、樋口様からです。」
「あぁ」
義仲は京にいる兼光からの文を受け取った。それを読むと義仲は目を見開いた。
「なんだこれは…頼朝に上洛の話?代わりに弟君の九郎(源義経のこと)殿が上洛するだと?」
義仲の文を持つ手はわなわなと震えていた。
(会わなければ法皇様に!今すぐ!)
そう心の中で思った義仲はいったん京へ戻ることを決め十月半ば、少数の兵と共に帰京した。義仲達が京の屋敷へ戻る途中、略奪行為をされたことで民衆はみんな義仲達をにらみつけていた。義仲もまた戦に負けたこと、兼光から聞いた話、大切な家臣を失ったせいで気分が沈んでいた。そして落胆していた義仲は法皇の元を訪ねた。
「法皇様…私がいない間に、頼朝と手を結ばれたというのは本当ですか?」
義仲の手は震えていた。
「いきなり訪ねてきて何の話かと思ったら、なんだ、そのことか。」
法皇は義仲に対して微笑んだ。
「やはり…」
義仲はつぶやいた。
「今回の戦はどこかおかしかった。なにもかも敵の優位に働いていた。あなたはあなたは」
義仲は悲しい目でにらみつけるように法皇を見た。
「私をおとしいれるつもりなのか…?」
その言葉を聞いて法皇はため息をついた。
「残念ながらそれは思い違いだ。」
「え?」
「朕は誰の味方でもない。ただ面白さを求めているだけだ。お前は朕にとって面白くはなかった。それだけだ。」
そう冷たく言い放って法皇は去っていった。一人取り残された義仲はただ見限られた孤独からうつむくしかなかった。
それからというもの義仲は以上の一件から意気消沈してしまい部屋にこもることが多くなった。そんなある日、家臣が慌てて義仲のもとにきた。
「殿!大変です!」
「あぁ、なんだ?」
「源義経が大軍を率いて不和の関(滋賀県あたり)まで来ているようです!」
「なに!」
(ついにこのときが…)
義仲は拳をぎゅっと握った。
「それと、これは樋口様があるお方の元に放った密偵からの報告なのですが、」
「あるお方?報告とはなんだ?」
「それは…」
行家はその頃、部屋で機嫌良さそうにお茶を飲んでいた。
「これは叔父上。随分お元気そうで。」
義仲がそう言って部屋に入ってきた。
「よ、義仲!」
突然の訪問に行家は湯飲みを持つ手を震わせていた。
「なぜそのようにおびえるのです?もしかして何か私に隠し事でも?」
義仲は行家に優しく微笑んだ。
「いや、その、そのようなことは」
行家は思わず義仲から目をそらした。
「度胸もないくせにずる賢いのだから全く、救いようがないな。」
「な、何のことかな」
行家の顔はますます血の気が引いていた。
「今すぐこの者の部屋を調べよ。」
すると行家の部屋に何人かの義仲の家臣が入ってきた。そのうち二人は行家が動かないように体を押さえ、後の者は行家の部屋にある物を物色し始めた。
「おい!何を勝手に!」
行家は言った。
「どちらが勝手かはこれからわかることですよ。」
義仲は行家をにらみつけた。
「殿!ありました!」
家臣がそう言って文らしき紙の束を義仲に差し出した。
「なるほど。これは頼朝宛の文、これは私の動向を綴った文、あぁこれは」
義仲がその中の一枚を取り上げた。
「ほう、なるほど。密偵を我が軍に放ってそれを平家側に伝えさせろと。」
そして義仲は見つけ出した行家の文を読んで笑った。
「お前は本当に素直でわかりやすいやつだな。こんな裏切りの証拠をちゃんと残しているのだから。」
義仲は文の束を隣にいた家臣に渡した。そして行家に近づき、剣を抜き行家の首に突きつけた。
「私は後悔しているのだ。お前みたいなやつは最初からこうすればよかったと。」
義仲は行家をまるで獣を狩るような目で見た。そして今にも剣が動こうとしたその時だった。行家の家臣達が隣の部屋から入ってきて義仲達に斬りかかってきた。そのため行家を押さえつけていた手は離され義仲達がもみあいになっている内に行家はその場を一目散に逃げた。そして彼の後に続くように家臣達も去っていった。義仲達は彼らの後を追ったが見失ってしまった。
「ちっ、逃げ足だけはたいしたものだな。」
義仲がそうつぶやいた。
「追手をかけますか?」
「いや、あいつは後回しだ。それよりも我々にはしなければならないことがある。」
義仲は空を見上げた。空には一羽の鷹が弧を描くようにして飛んでいた。
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