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第二十七章 交錯
後日、一幡と幸氏は無事に鎌倉へと帰還した。
「元気になって本当に良かった。療養させたのは正解であったな。」
政子が言った。
「ご心配おかけして本当に申し訳ありません。」
一幡が言った。一幡がちらっと頼朝の方を見ると頼朝はうれしそうに笑う政子と違って表情一つ変えていなかった。
(きっと父上は私のことなどどうでもいいのよね…きっとまたどこか良い所に嫁がせようと思っているのだ。)
その後、一幡と幸氏は義高の墓参りをした。
(義高様、私、頑張って生きてみます。父上に利用されるだけの人生だということは分かっているけど、でもその中でも幸せを見つけてみたいのです…私の幸せを願ってくれた蒼華のためにも)
一幡は手を合わせた。それを見て幸氏は静かに微笑んだ。
「姫様」
幸氏が口を開くと一幡は幸氏の方を見た。
「あの蒼華という男、少し調べてみたのですが、素性が全く分からないそうです。」
幸氏が言った。
「確かに身よりがないと言っていたけれど、それがどうかしたのか?」
一幡はそんなことを聞いてくる幸氏を不思議に思った。
「調べによると蒼華と今共に住んでいる関白殿下の密偵であった男が消息不明となったのはちょうど十年前。つまり義高様が亡くなった時です。そしてあの蒼華が拾われたのもちょうどそれと同じ頃。こんな偶然あるでしょうか?」
「何が言いたいの?」
「…姫様は義高様が生きていると思ったことはありますか?」
それを聞いた瞬間、一幡の手の動きは一瞬にして止まった。
「…一体お前は何を」
一幡の声の動きは少し震えていた。
「若の死には少々不審な点がありました。若は途中で賊に襲われて死んだことになっていますが、顔は人相が分からないほどに傷つけられて少なくとも顔だけではあの首が本当に義高様であるとは証明されていないのです」
幸氏は真剣なまなざしで一幡を見た。一幡はその顔に一瞬引き込まれたが、すぐに目をそらして
「変な冗談はやめて。そんな都合のいい話、ある訳がない。」
と言って笑った。
「私の体も冷えてきた。早く戻ろう。」
一幡はそう言って踵を返した。
「どうして?若が生きていたら嬉しくないのですか?」
幸氏は踵を返してすれ違った一幡に向かってそう言った。一幡は立ち止まった。
「そりゃあ、生きていてくれたら嬉しいけれど…でもたとえ義高様が生きていたって私とあの人はもう…。それに蒼華の話で目が覚めた。私は今はただ義高様のご冥福を祈って生き続けたいのだ。」
一方、頼朝はそのとき、側近の中原広元と二人で何かを話していた。
「何?九条の密偵が?」
「はい。やはり最近、関白様が殿の元にも頻繁に密偵を放っているようです」
「…」
「…関白様の目的はまだ分かりませんが、それと実は監視の者から妙な報告がありまして、」
「何だ?」
「大姫様が武蔵にいたとき、覆面の男が姫様の傍にいたようです。」
「何だそれは…」
頼朝は脇息に肘をついた。
「その者は屋敷の門番で、姫様に気に入られて姫様の傍にいたとか」
「…覆面の男が大姫の傍に…」
「…はい。とにかく素性がよくわからない男で、もしかすると関白様が放った間者かもしれません」
広元のその言葉を聞くと頼朝は静かに微笑んだ。
「…大姫の傍にいた九条の間者か…」
望月重隆は裏山の道を歩いていた。そして彼が立ち止まるとそこには幸氏がいた。
「話とは何だ。」
重隆が口を開いた。幸氏は重隆の方を見た。
「単刀直入に聞きます。本当に若は死んだのですか?」
重隆は目を見開いた。しばらく固まった後、ため息をついた。
「何を言い出すのかと思ったら…夢でも見ていたのか?」
「私は正気です。」
幸氏は鋭い目つきで重隆を見た。
「我らは今や鎌倉殿の家臣なのだぞ?死んだ謀反人の子供など気にかける必要はない。」
その重隆の発言に幸氏はかっとなり重隆の胸ぐらをつかんだ。
「重隆様!」
「…悪いな。私はお前と違って昔のことなどすぐに忘れてしまう。」
重隆が静かに口を開いた。幸氏は何も言わずにただそのまま下を向いた。しばらくすると幸氏は重隆の胸ぐらをつかんでいた手を離し、
「…あの日、若が逃げた日にあなたは若の寝所に現れた。あれは一体どうしてですか?」
と静かに問いかけた。
「…さぁな。恩賞ほしさに真っ先に寝所に行った。ただそれだけだ。」
重隆がそう冷たく言い放った。
「…どうしてあなたはそんなにも簡単に大切なものを忘れられるのです?義仲様や父上達とあんなに親しかったのに…」
幸氏は悲しい目で重隆を見て言った。
「…この世で生き残るのに義理や人情は必要ない。下手に相手を思い過ぎるとそれはいつか仇となってしまう…だから私は若に言ったのだ…あの娘と親しくなるなと。言う通りにしていれば姫様もあんなに苦しまずに済んだのに。お前だって…」
重隆はそう言うと幸氏を置いて元の道を戻っていった。すると幸氏の目からは不思議と涙がこぼれ、幸氏は下を向いて静かに泣いた。
「…残念です。私や若はあなたのことは実の父のように慕っていたのに。」
幸氏は重隆に向かってそうつぶやいた。重隆はそれには答えずに静かに道を進んでいった。
(悪いな。幸氏。例えお前や姫様を欺いて傷つけてでも私は若を守らなければいけないのだ…)
重隆の姿が見えなくなると幸氏はそのままふらふらと屋敷へと戻る道を歩いて行った。
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