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第五章 義高の決意
翌日、再び義高の人質の件で話になった。
「い、今なんと申した?」
義仲や巴達は驚きと恐れの混じった顔をしていた。
「私は鎌倉にいきます。」
義高はきっぱりと言った。
「いい心がけだ。さすがは嫡男だ。」
その場にいた行家は言った。巴はそのとき行家を思いっきりにらみつけた。行家はそんな巴に恐怖を感じ、慌てて目をそらした。
「お前は気にしなくていいと言ったであろう。」
義仲は言った。
「でも、私が行けば父上は鎌倉殿に許されるのでしょう?」
義高は言った。
「あなたは人質がどういうものか知らないのです!特にこんな乱世だと命はたやすく奪われてしまうというのに!」
巴は取り乱しながら反論した。
「あちらは私を差し出すよう言っているのでしょう?私は行くしかありません。」
義高は言った。義仲達はその言葉に黙るしかなかった。するとそれまで義高の後ろで黙っていた幸氏が
「じゃあ、私が代わりにいきます。」
と言った。それには義高も驚いた。
「幸氏!」
義高が幸氏の方を向いた。
「私だって若が人質になるのは嫌だ。でも私は若と同い年で体格も似ています。きっと若の代わりができるはずです。」
幸氏は義仲を見て言った。
「そんなの私が許さない!お前が私の身代わりだなんて。」
義高は言った。
「父上!私は行きます!幸氏になんか行かせません!」
義仲は息子の強い意志とかばい合う二人に対してかつての自分と巴達を重ねた。
「失礼」
そばにいた行家は咳払いをした。
「とにかく、恭順の姿勢を示すときは嫡男を差し出すのが礼儀だ。下手なことは考えぬように。」
行家が言った。義仲は再び息子の顔を見た。息子はただただ真っ直ぐ自分を見ていた。そしてその目には少しも迷いが感じられなかった。
「…そうだな。なにせ頼朝公からの命令であるわけだし。」
義仲が言った。
「殿!」
巴が慌てて口をはさんだ。義仲はそれには答えず、立ち上がり部屋を後にしようとした。
「幸氏」
すると義仲が義高と幸氏の方を見て立ち止まった。
「お前は義高の良き家臣じゃ。お前も義高と共に鎌倉に行ってくれるとありがたい。」
義仲は幸氏に微笑みかけた。
「はい!もちろんです!」
幸氏は答えた。幸氏からの答えを聞き、義仲は重隆と共に部屋を出た。
「あぁは言ったものの…」
廊下を歩きながら義仲は重隆に話しかけた。
「義高の命が心配だ。」
「えぇ。これで鎌倉殿があなた様を許してくれる、そんな都合のいい話はないでしょう。」
「…なにか策はあるのか?」
「それは後ほど…」
二人はそのまま歩いていく。重隆の表情はいつもと大して変わらないが、義仲の顔は先ほどまでの優しそうな笑みとは一転して今後のことを真剣に考える策略家のようであった。
所変わって鎌倉にいる一幡もこの結婚話を耳にすることになる。
「婿?私に?」
一幡は少し意味をわかっていない様子できょとんとした。
「婿って夫のことですよね?私は一体誰と婚儀を挙げるのですか?」
「あなたにとって、はとこにあたる木曽義高殿です。」
普通、親というものは我が子の婚姻を喜ぶものだが、そのときの政子の顔はとても引きつっていた。
「木曽…義高様…」
一幡はつぶやいた。
「でも良かったです。」
そう言って一幡は満足そうな笑顔をみせた。
「?何が?」
「嫁にいくとなるとこの家を出なければいけないけど、相手が婿ならば母上達とずっと一緒にいられます。」
一幡は心から湧き出た満面の笑みを政子に向けた。一方政子はそんな娘の笑顔を見て傷ついた。
(違うの、大姫。義高殿はただの婿ではないの。でも、こんな残酷なことをまだ幼いこの子にいえないわ。)
「母上?」
ほの暗い顔をした政子に一幡は気がついた。
「どうかなさったのですか?」
「…いや、なんでもない…」
今はごまかせても義高は人質だといずれわかる日がくる。それだけではない。一幡が傷つく未来だってなんとなく政子の目には見えていたのだ。それでも政子は見ないふりをしているしかなかった。
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