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兄貴と布団に入ってから、数分後のことだ。
オレを抱きしめるようにして寝ていた兄貴が、ゆっくりと上半身を起こし、布団から出ていった。
眠っているオレを起こさないように、と気を遣ってくれているようだったが、まだ眠りの浅かったオレは兄の姿を目で追いかける。
「おにいちゃん……?」
「っ!! り、りっか?」
兄貴がランドセルから取り出していたのは、藁半紙のプリントだった。どうやら母のいいつけを守らずに宿題をやろうとしていたらしい。
「ねー、オレも本よみたいっ」
「へ? 眠くないの?」
「ぜーんぜん! まだねむくないよ」
そう答えると、兄貴は「まさか……」と声を震わせた。
「りっか、おくすり飲んでない……?」
「……えっ」
バレた! どうして?!
まさか兄貴にバレるとは思っておらず、オレは口をぎゅっと結んで視線を逸らした。すると、兄貴は「飲んでないんでしょう?」と再度問い詰めてくる。
オレは小さくうなずいて、それから先程の事をぽつぽつと話した。
飲んだつもりが、口の中に入っていなくて、こっそり捨ててしまったと、正直に。
怒られるかな、と思った。
だけど、兄貴は怒らなかった。
むしろ「そっか」と言いながら、オレの手を握って、真剣な面持ちで静かに語りはじめる。
兄貴が語ったのは、『おくすり』のことだった。
あれはサプリメントではなく、睡眠導入剤という薬だ、と。
ふみんしょーの人がその薬を飲むと、たくさん眠れるようになる薬だと、教えてくれた。
じゃあ、ふみんしょーじゃないオレたちが飲んだらどうなるの?
そう問うと、兄貴は「起きられなくなるんだよ」と言う。
「最近、夜も朝も起きていられなくなっちゃったのは、この『おくすり』の所為なんだ」
兄貴は、だいぶ前にこの『おくすり』の正体に気付いていたらしい。
なるほど、だからさっき「宿題をしたいから、飲まなくてもいい?」って聞いてたんだ……。
「でも、おにいちゃん、おくすり飲んでたよね…?」
「飲むフリして、お部屋に戻って、口からペッてしちゃった」
「えー、おにいちゃん、いけないんだー! わるいこ!」
オレがくすくすと笑いながら言うと、「りっかもね」と兄貴もおかしそうに笑っていた。
母の言いつけを破って、こうやってコソコソと起きてるのが、なんだか楽しくなってきて。
思わずきゃっきゃとはしゃいでしまった、その時。
ーー……ガチャ
と、玄関の戸が開く音が聞こえて、オレたちはピタリと動きを止めた。「やば」と兄貴は慌てて布団の中へ身を隠す。
そっか、『おくすり』を飲んでいたら寝ていないといけないのだから、起きていたら飲んでいない事がバレてしまう。
そう思ったオレは、兄貴に倣って寝たふりをした。
「もぉ、おそいー!」
「わりーわりー。子供は? 寝てんの?」
「いつものアレでばっちり寝かせた」
玄関からは母と男性の声が聞こえてきた。
おそらく『カレシ』という人の声だろう。
今度は母の部屋の戸が閉まる音が聞こえて、オレたちは無意識に止めていた息を同時に吐き出した。
『あの日』、オレと兄貴が母の部屋を覗いてしまった事を、母は気づいていたのだ。
オレたちにカレシとの時間を邪魔されたくなかった母は、睡眠導入剤をオレたちに服用させることを閃いた。
子供達の機嫌をとろう、と思ったのだろうか……コンビニ弁当を用意して、オレたちを薬で眠らせた後、逢瀬を重ねていたのである。
コンビニ弁当を食べた翌朝、起きることができなかったのは、そういうことだった。
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