立待月ー1ー

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 むくぅ、と膨れた頬に、僕は肩をすくめた。  意外とガンコ。というより、自分の正義を貫いてしまうタイプかな。  僕は、目を合わせてくれない夜壱くんの、まだ少し濡れている頭に手を伸ばす。 「僕を呼んでくれてもいいんだよ」 「……??」 「困ったことがあったら、助けてあげる。だから、僕のことも頼ってね」  にこやかにそう言ってあげると、驚いて顔を上げた夜壱くんと視線が交わった。  透き通ったその瞳は、夕焼けの茜色と、夜空の藍色が混じったような、綺麗な紅碧(べにみどり)色。  くりっとした大きな瞳いっぱいに、僕が写される。  その瞳がふわりと細まって「はい!」と元気な返事が聞こえてきた。満面の笑み、という言葉がこれほど似合う子はいない。 「ありがと、十璃センパイ!」  夜壱くんは、胸元の名札を見ながら僕の名前を読んだ。  ……本当に、この子は僕の言っていることを分かってくれたのだろうか。  キラッキラの笑顔に心のどこかで不安を覚えつつ、僕は肩を落とし、ひとまず息を吐いたのだった。  その後、店長に事の経緯を話し、夜壱くんと共に帰路につく。  僕も夜壱くんも自転車で、途中まで方向が一緒だったので他愛ない話をし、親睦を深めた。  高校2年生で初バイト、という共通点が、僕らの距離をより縮めてくれた気がする。 「でも、バイトするなんて偉いね。なにか、買いたいものでもあるの?」 「高校卒業したら一人暮らししたくって。だからお金貯めようと思ったんです」  偉いな、と素直にそう思った。  同時に彼の事を羨ましく思う。  僕の場合は、生活の為に夢を諦めて仕事をしている。……自分の為にお金を貯めて、自分の為に使えることが、酷く羨ましかった。 「へえ、そうなの。親御さん、寂しがるだろうね」  一人暮らしをする、という事に対して無難な返事をした、つもりだった。  しかし、笑顔で会話していた彼の表情が一瞬曇った気がして……「いえ」と短い返事と共に、夜壱くんが悲しそうな笑顔を見せる。 「俺、両親いないんで」  しまった……。  無難な返事のはずが、地雷だったようだ。  僕は慌てて「ごめん」と謝罪する。 「わわわ、謝らないでください! 言ってないんだから知らなくて当たり前っす!」 「いや、それにしても申し訳なかったよ。……君は、優しいんだね」 「それは、十璃センパイが優しいからですよ」  夜壱くんはニカっと八重歯を見せながら笑ってくれて「さ、そろそろ帰りましょーか」と続けた。空気が重くならないよう、気を遣ってくれたのかもしれない。  僕は、先ほど夜壱くんに抱いた『羨ましい』という感情を反省しながら、同時に『夜壱くんのことをもっと知りたい』と強く思ったのだった。 *
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