三日月-10-※

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 兄貴と布団に入ってから、数分後のことだ。  オレを抱きしめるようにして寝ていた兄貴が、ゆっくりと上半身を起こし、布団から出ていった。  眠っているオレを起こさないように、と気を遣ってくれているようだったが、まだ眠りの浅かったオレは兄の姿を目で追いかける。 「おにいちゃん……?」 「っ!! り、りっか?」  兄貴がランドセルから取り出していたのは、藁半紙のプリントだった。どうやら母のいいつけを守らずに宿題をやろうとしていたらしい。 「ねー、オレも本よみたいっ」 「へ? 眠くないの?」 「ぜーんぜん! まだねむくないよ」  そう答えると、兄貴は「まさか……」と声を震わせた。 「りっか、おくすり飲んでない……?」 「……えっ」  バレた! どうして?!  まさか兄貴にバレるとは思っておらず、オレは口をぎゅっと結んで視線を逸らした。すると、兄貴は「飲んでないんでしょう?」と再度問い詰めてくる。  オレは小さくうなずいて、それから先程の事をぽつぽつと話した。  飲んだつもりが、口の中に入っていなくて、こっそり捨ててしまったと、正直に。  怒られるかな、と思った。  だけど、兄貴は怒らなかった。  むしろ「そっか」と言いながら、オレの手を握って、真剣な面持ちで静かに語りはじめる。  兄貴が語ったのは、『おくすり』のことだった。  あれはサプリメントではなく、睡眠導入剤という薬だ、と。  ふみんしょーの人がその薬を飲むと、たくさん眠れるようになる薬だと、教えてくれた。  じゃあ、ふみんしょーじゃないオレたちが飲んだらどうなるの?  そう問うと、兄貴は「起きられなくなるんだよ」と言う。 「最近、夜も朝も起きていられなくなっちゃったのは、この『おくすり』の所為なんだ」  兄貴は、だいぶ前にこの『おくすり』の正体に気付いていたらしい。  なるほど、だからさっき「宿題をしたいから、飲まなくてもいい?」って聞いてたんだ……。 「でも、おにいちゃん、おくすり飲んでたよね…?」 「飲むフリして、お部屋に戻って、口からペッてしちゃった」 「えー、おにいちゃん、いけないんだー! わるいこ!」  オレがくすくすと笑いながら言うと、「りっかもね」と兄貴もおかしそうに笑っていた。  母の言いつけを破って、こうやってコソコソと起きてるのが、なんだか楽しくなってきて。  思わずきゃっきゃとはしゃいでしまった、その時。  ーー……ガチャ  と、玄関の戸が開く音が聞こえて、オレたちはピタリと動きを止めた。「やば」と兄貴は慌てて布団の中へ身を隠す。  そっか、『おくすり』を飲んでいたら寝ていないといけないのだから、起きていたら飲んでいない事がバレてしまう。  そう思ったオレは、兄貴に倣って寝たふりをした。 「もぉ、おそいー!」 「わりーわりー。子供は? 寝てんの?」 「いつものアレでばっちり寝かせた」  玄関からは母と男性の声が聞こえてきた。  おそらく『カレシ』という人の声だろう。  今度は母の部屋の戸が閉まる音が聞こえて、オレたちは無意識に止めていた息を同時に吐き出した。  『あの日』、オレと兄貴が母の部屋を覗いてしまった事を、母は気づいていたのだ。  オレたちにカレシとの時間を邪魔されたくなかった母は、睡眠導入剤をオレたちに服用させることを閃いた。  子供達の機嫌をとろう、と思ったのだろうか……コンビニ弁当を用意して、オレたちを薬で眠らせた後、逢瀬を重ねていたのである。  コンビニ弁当を食べた翌朝、起きることができなかったのは、そういうことだった。 *
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