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立待月ー1ー
【Side 十】
「おつかれさまです」
今日は20時までのシフトで、残業もせずに上がらせてもらえた。
このカラオケボックスでアルバイトをはじめ、5年。
高校2年ではじめたバイトがこんなに長続きするなんて、当初は思っても居なかった。
現在はフリーター。
本当は大学へ行きたかったが、裕福でない家庭の為に、進学を諦めた。生活の為に働かなければいけないのは大変だけど、致し方ない。
「おつかれさま、十璃。……ちょっといいか?」
僕の名前を呼んだのは、店長だ。
スタッフルームの奥にある部屋(マネージャールーム)から顔を出し、申し訳なさそうに僕を手招きをしていた。
「なんですか?」
「あがってもらった直後で悪いんだけど、フロアに戻ってくれ」
……タイムカードをきった後に言わないでほしい。
そんな切実な事を思いながら理由を尋ねると、混雑している上に従業員がひとり居なくなったらしい。
それは一大事だ。
「先週入った新人が、急に居なくなった。インカムも反応しないし、防犯カメラみていいから探してきて」
店長は僕に新人の捜索を委ねると、フロアのサポートをしてくる、と言って慌ててスタッフルームから出て行った。
確かに、夜のカラオケボックスは混む。
そんな時にひとり上がらせてもらえたのは、僕が開店時間からシフトに入っていたからだ。
新人の名前は、確か……夜壱くん。
苗字が思い出せないのは、この店の従業員の名札が『ニックネーム』だからである。
高校2年生の彼は、明るく元気で、接客もそつなくこなしているタイプのイイコだ。まずボイコットは考えられない。
「フロア、ってことは……ルームの清掃か、提供か」
カラオケボックスの各部屋の掃除や、ドリンク・フードの提供をするのが『フロア』の仕事だ。
ちなみに、お客様へ部屋を案内したり、会計をするのが『フロント』。
料理やアルコール類のドリンクを作るのが『キッチン』。
それぞれ役割を分担しており、従業員はインカムをつけ連携をとることになっている。
「ええっと、防犯カメラねー……」
5年も働いていると信頼されているようで、防犯カメラの操作も簡単に許可された。
本来なら店長やマネージャーしか入れない部屋。そこにあるパソコンのデスクトップ画面には、各部屋の映像がリアルタイムで写しだされている。
3階建てのこのカラオケボックスには、約50もの部屋があるのだが、今日はほぼ満室だ。
カチカチとクリック音を響かせながら、変な事をしている人がいないか、怪しい部屋がないか、確認していく。
すると、ある部屋の防犯カメラが映っていないことに気付いた。
映っていない……いや、なにか布のようなもので覆われている?
「305号室……いちばん突き当りの部屋か」
怪しい部屋を特定し、僕はすぐにスタッフルームを飛び出した。
トラブルがあって客から離れられないなんてザラだ。
しかし、カラオケボックスは密室……トラブルの一言で片づけられないことも多々ある。
女性が被害に遭わないように、と店長の意向でフロアを担当するスタッフはほぼ男性なのだが……。
男性が被害を受けない、というわけではないのだ。
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