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「失礼します」
305号室の戸をドンドンとノックをした後、間髪入れずにバーンと開けた。
客の情報を確認したところ、この部屋にいるのは男性3人組。室内は暗く、テレビ画面に映された映像が唯一の明かりだった。
「ああ?!」
客の不機嫌な声が、まずはじめに聞こえてきて。
それから視界に入ったのは……床に正座をさせられ、ずぶ濡れになったスタッフの姿だった。
……夜壱くんだ。
どうやら客に頭から飲み物をかけられてしまったらしい。
「おいおい、お前もここのスタッフか? なあ? この店は新人の教育もまともにできねぇのかよ」
「ウチのスタッフが、なにか失礼を?」
「客に対する態度がなってねぇんだよ!」
なにに対して怒っているのか、全く分からない。
僕に怒鳴ってきた男は、全身がアルコール臭かった。どうやら相当飲んでいる様子である。
「……そうですか。では一度防犯カメラを確認して参りますのでお待ちいただけますか?」
「ふん、テレビの下についてるやつなら映ってねぇぜ」
プライバシーの侵害だろ、こんなの。なんて言いながら、客はテレビの下に設置されたカメラの上に被せられた布を取った。
どうやらおしぼりのようだ。
確かにそのカメラにはなにも映っていないだろう。
だけど、抜かりは無い。
「いえ、わたくしが申しましたのは、上のカメラでございます」
そう言いながら、僕は部屋の天井側角の方を手で示した。
そこに設置されているのは、2台目のカメラである。
隠すようにつけられた2台目は、こういう輩が悪さをした時に、しっかりと証拠を残すために設置されているのだ。
その後、諭すように「警察を呼ぶか、大人しく金を払って今すぐ帰るか」を選択させると、男たちは舌打ちをしながら帰っていったのだった。
「大丈夫?」
男達が出ていくのを見届けた後、僕は未だに床に座っている夜壱くんに声をかける。大丈夫なわけないのだが、それ以外になんと声をかけていいのか分からなくて……。
頭の真上からコップをひっくり返されたようで、彼は全身ずぶ濡れだ。
ゆっくりとあげられた顔はまだ怯えているようで。前髪からポタポタと垂れる水滴が、涙のように頬を伝っていく。
「びしょ濡れになっちゃったね。とりあえず、僕のハンカチで拭いて」
「あ、あの……」
「インカムはどこ? ああ、こんなところに落ちてる。ちょっとまってね、店長に報告入れるから」
ハンカチを彼に渡して、それからテーブルの下に落ちていたインカムを拾い上げた。助けを呼ばれないように。と、男達にインカムを取り上げられていたのだろう。
僕は店長に夜壱くんが見つかった旨を報告し、このままバックヤードに連れて帰ると伝えた。
「305、セットお願いします」
空いた部屋の片づけ(セット)を頼んだ後、夜壱くんの大まかな水滴を拭いてやり、彼の腕を支えながら立ち上がらせる。
一体、なにがあったのだろうか。
早く事情を尋ねたい気持ちを抑え込みながら、僕らは客の目を盗むように、バックヤードに戻ったのだった。
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