立待月ー1ー

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「今日はこのまま上がっていいってさ」  夜壱くんが服を着替えている間に、キッチンへ温かい飲み物を淹れにいった。すると、居合わせた店長が「もう混雑は落ち着いたから」と言って彼を退勤させて良いと指示をくれたのである。  彼は水道で頭を軽く流しており、タオルを用意してあげると「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。  頭や顔をガシガシと拭いて、それから「ふー…」とひとつため息を吐く。 「ホットココア淹れてきたよ。飲める?」 「はい、ありがとうございます……」  トラブルがあった直後だからか、かなり落ち込んでいるようだ。  先週入ったばかりの彼に、あのトラブルはかなり衝撃を受けただろう。  すると彼はタオルを肩に乗せたまま、しょんぼりとした面持ちで、かすれた声を絞り出した。 「あの、俺、クビですか……?」 「え?」 「やっと決まったバイトなんです。時給もいいし、皆さん優しいし、頑張りたいんです! お願いします!!」  今にも泣きそうな顔だった。  段々と大きくなる声量に、思わず後退りをしてしまう。  すると、夜壱くんは身体を震わせながら、こちらへ距離を詰めてきて……。 「クビにしないでくださーーーい!」  ガバァッ! と、大きな効果音をつけながら、泣き叫ぶようにして僕の胸へ飛び込んできたのだった。  背に回された腕が、ぎゅうっと僕の身体を抱きしめる。  状況を飲み込むのに、数秒。  固まった思考を必死にフル稼働させて、僕は慌てて夜壱くんの身体を引き離した。 「待って待って、ぼ、僕は店長じゃないし、君をクビにする権限はないよ」 「……ええ!? そうなんですか!」  どうやら僕のことを、それなりに権限がある人間だと思ったらしい。  「しっかりしてるし、指示は的確だし、頼りになるし」と、そう見えた理由を際限なく挙げてくる彼を、もう一度落ち着かせ、互いに椅子に腰かけた。  話を聞くべきは、先ほどのトラブルだ。  一体何があったのか。  ココアを飲む彼に尋ねると、彼は少しだけ言いにくそうに話しをはじめた。 「アルコールのオーダーがあって、部屋に行ったら……あの人たちがタバコを吸っていたんです」  屋内は禁煙です、と注意しても「あー? 聞こえねぇな」と笑われてしまい、カチンときた夜壱くんは思わず機材の電源を落としたのだとか。  怒った客が夜壱くんの胸ぐらを掴み、インカムを奪い投げ捨てて。  しかし意地になった彼は、客に反抗し「ルールを守れないなら帰ってください」とまで言ったそうだ。 「俺、怒りが抑えられなくて、お客さんに『帰れ』なんて言っちゃって……」  確かに屋内の禁煙は法律で決まっている。  しかし……機材の電源を切るのは、そりゃあ怒られるだろう。 「君の言ったことは正論だけど、」 「っすよね!!」 「でもそういう時は、店長かマネージャーを呼ぶべきだね」
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