二章 還らざるときを想って

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 両親だ。すでに改札を抜けて、プラットホームへ向かおうとしている。 「待って……」  ――記憶の中の両親は、いつも笑顔だった。強く当たってしまった日の翌朝も、いつも、なにごともなかったように、明るく接してくれていた。  それは両親が、努力して与えてくれていたものだったのだ。喫茶店で聞いた、疲れた声や会話は、両親が見せないようにしてくれていた本音だ。  それなのに、与えられていたものに気づきもしないで、無償の愛がもらえないと泣いていた。自分はさんざん、二人を傷つけておいて。  私はいつも、両親に対して求めるばかりで、なにかしてあげたことがあっただろうか。 「待って! お父さん、お母さん……!」  改札の外から、声を張り上げて叫ぶ。歩いていた両親の足が止まって、ゆっくりとこちらを振り返った。 「紗栄……」  二人は目を見開いて、近づいてくる。 「今、私たちのこと、お父さん、お母さんって呼んだ……?」  信じられないように、母親は紗栄を見る。紗栄はいつの間にかあふれていた涙をぬぐって、二人を見上げた。 「ごめんなさい……。今まで二人のこと、たくさん傷つけて」  自分は大学でうまくいかないからと、実家を逃げ場のように使おうとしておいて、両親に対しては、自分に向ける愛情が少しでも純粋なものでなかったら、感情のままに怒って泣いていた。  ――そんなわがままな自分でも、変わらず愛してくれた。 「いつも私のこと、心配してくれてありがとう。一人暮らししたいってわがままも、許してくれてありがとう」  何度ぬぐっても、涙があふれてくる。 「私の、お父さんとお母さんでいてくれて、ありがとう……」  うつむくと、背中に腕が回されて、改札越しに抱きしめられる。両親はなにも言わないで、優しく背中をなでてくれた。
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