二章 還らざるときを想って

61/64
前へ
/126ページ
次へ
 両親にゴールデンウィーク中、帰省することを約束して駅を出ると、バス停のベンチに琥珀が座っていた。 「待っててくれたんですか?」  となりに座ると、横目でちらりと見られる。 「親には会えたのか?」 「……はい。ありがとうございました」  笑みを浮かべた紗栄に、琥珀はふんと鼻を鳴らした。 「バスと違って、俺には『ありがとう』の一言ですむから、安くついていいな」  せっかく感謝していたのに、またそういう嫌味っぽいことを言う……。  むっとしつつも、今は大きな借りがある状態なので、強く出られない。 「じゃあ、お金を払いましょうか? それとも、前みたいに土下座がお望み?」 「そんなものはいらない」 「だったらなにが欲しいんですか」  ため息まじりに言うと、琥珀は黙りこんだ。  ときどき、なにか言いたそうに口を開いては、やめる。……なんなんだ。 「――名前」  ようやく声を出したと思うと、なぜか怒ったようににらまれた。 「前から、おまえのその他人行儀な口調がうっとうしかったんだ。敬語も邪魔だし、普通に名前で呼べ」  いつもより少し早口で、琥珀が言う。 「敬語なら鐵だってそうじゃないですか」  いぶかしく思ってたずねると、「嫌ならいい」とそっぽを向かれた。  嫌だなんて一言も言っていないのに。どうしていつもこう、けんか腰なのだろう。 「わかった……。じゃあ、琥珀」  ため息をついて、名前を呼ぶ。  その瞬間、琥珀の横顔が真っ赤に染まった。 「……それでいい」
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1131人が本棚に入れています
本棚に追加