二章 還らざるときを想って

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 小さな声で言って、立ち上がる。琥珀はそのまま、どこかへ歩いて行ってしまった。 「な……なんなの……」  自分は平気でキスしたりするくせに。急に純情な乙女みたいに、名前を呼ばれたくらいで赤くなったりして、意味がわからない。  うつむいて、両手で顔を覆う。  ――本当に、わからない。つられて自分の頬まで熱くなっている理由も。  琥珀はバスが来るまで、戻ってこなかった。  社務所へ帰ると、充に電話をかけた。両親のことを教えてくれた、お礼を言おうと思ったのだ。  コール音が数回鳴って、「もしもーし、紗栄?」と明るい声が聞こえる。 「……穂積ちゃん?」  充が出ると思って緊張していたのが、拍子抜けした。 「充は今、お風呂入ってるんだ。もうすぐ出てくると思うけど」  穂積の声と一緒に、椅子に座ったような音がする。 「けんかしたんだってね。充、へこんでたよ」 「そうなの?」  むしろ、まだ怒っているかもしれないと思っていたのだが。  驚く紗栄に、穂積はくすくすと笑う。 「あんな性格だからわからないかもしれないけど、充、紗栄と友だちになれてうれしかったんだよ。妖が視える人って、今まで周りにいなかったから」 「……そっか」  母親のこともしかり、充は妖が視えることで、いろいろ傷ついたり苦労したりすることが多かったのかもしれない。  自分は記憶がないせいでたくさん苦しんでいて、人より不幸だと思っているふしがあった。  けれど、周りの人も自分が知らないだけで、きっとそれぞれ抱えているものがあるのだ。 「なんか、私って本当自分のことばかりで、だめだなあ……」
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