二章 還らざるときを想って

63/64
前へ
/126ページ
次へ
「なあに、紗栄も落ち込んでるの? 二人ともまだまだ若いんだから、未熟なのは当たり前でしょ。せめて五百年くらい生きないと、精神的に大人にはなれないよ」  穂積の言葉に、思わず噴き出す。 「人間はそんなに長く生きられないよ」 「そうだっけ? まあとにかく、充とはこれからも仲よくしてあげ――」 「ほ、穂積さん!? なに人の電話出てるんですか!?」  突然、充の声が穂積をさえぎった。 「あ、充上がったみたい。またね」と穂積が言って、「紗栄から電話だよ」と遠くなった声が聞こえる。  うろたえる充と、楽しそうな穂積のやり取りが、少しの間続いた。 「もしもし……」  しばらくして、気まずそうな充の声が聞こえる。 「夕方の件で電話したんだけど。両親のこと、教えてくれてありがとう」 「……仲直りできたのか?」 「うん」  紗栄が答えると、充はしばらく黙ったのち、深く息をついた。 「その……あのときは、悪かった。……ちょっと言い過ぎたと思う」  ぼそぼそと、ばつの悪そうに謝る充に、つい笑ってしまう。  これが電話でよかった。今の顔を見たら、きっと充は拗ねていただろう。 「いいよ。気にしてないから」  紗栄の言葉に、充は「なら、いいけど」と少し声色を明るくした。  また改めて、野菜をもらいに行く約束をして、通話を切る。そのままスマートフォンを置こうとしたが、思い直してメッセージアプリを起動した。  ――ずっと、誰も自分のことを知らない場所へ行きたかった。  うまくいかないことをすべて、自分以外のもののせいにしていたから、環境さえ変えれば楽しく生きられると思っていたのだ。  けれど、それは間違いだった。  問題はずっと自分の中にあって、だから、新しい場所に来てもうまくいかなかったのだと思う。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1131人が本棚に入れています
本棚に追加