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「はい、もしもし!」
少しの間コール音がした後、スマートフォンの向こうから元気な声が聞こえてきた。
「あ、鐵?」
「紗栄さま、おひさしぶりです! 本日帰ってこられるのでしたよね! どうかされたのですか?」
「いや、特に用があるわけじゃないんだけど……」
紗栄はつま先を見つめながら、もごもごと口の中で言った。
帰省していた間、ずっと琥珀と話せていなかった。だから、もうすぐ会えるとわかっていても、声が聞きたくなってしまったのだ。
「ねえ、鐵。……琥珀はいる?」
落ち着きなく、つま先を曲げたり広げたりしながら尋ねる。
紗栄の言葉に鐵はくすりと笑った。
「はい、いらっしゃいますよ! 代わりますね!」
鐵が言って、少し遠くなった声が「琥珀さまー! 紗栄さまから電話ですよ!」と呼ぶ。
緊張しながら待っていると、ふいにスマートフォンの向こうから、落ち着いた低い声が聞こえてきた。
「代わった」
ひさしぶりに聞く琥珀の声に、紗栄の心臓がどきっと鳴る。
ふだん一緒に暮らしていて、電話なんて滅多にしないのもあって、なんだか気持ちが落ち着かない。
「あ、あの、ひさしぶ――」
「おまえ、今日帰ってくるんだろ」
「えっ、あ、うん」
「今どこなんだ?」
「……駅だけど」
口を尖らせながら、琥珀に答える。
ひさしぶりの会話だというのに、琥珀の声や言葉は素っ気なく、雰囲気もへったくれもない。
恋人同士なのだから、こういうときくらい「声が聞けて嬉しい」とか、少しくらい甘い言葉があってもいいのに。
内心拗ねていると、琥珀は相変わらず素っ気ない調子で「そうか」と言った。
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