こどもドラゴン

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 初めてドラゴンを見てから数日後、またゆったりとお茶とおやつを楽しんでるところに、あの鳴き声が聞こえてきた。  ウィスタリアがぱっと期待に満ちた表情をするので、コンが笑いながら、私たちも一緒に来いと言って玄関から出て行った。 「今回は触る許可が出るといいですね」  私がそう話し掛けると、ウィスタリアはすこし興奮気味にこくこくと頷いた。  それにしても、今回はどのような用事で来たのだろうと思いながらコンの側に寄ると、おそらく先日と同じドラゴンが手に白っぽく細長い、なにかの膜のようなものを持ってそこにいた。 「お、ありがと。これは回収しておくな」  コンがそう言って、ドラゴンから膜のようなものを受け取り、家の中へと戻っていく。  ドラゴンをここに置いたまま戻っていいのかと思い見ていると、どうやら台所から何かしらの入れ物を出してきて、それに先程の膜を入れているようだ。  あの膜はなんなのか、ドラゴンは教えてくれるだろうか。そう思って目線を合わせ、じっとドラゴンの顔を見る。すると、驚くべきものが目に入った。ドラゴンのちいさな鼻の穴から、これまたちいさな白いきのこが生えているのだ。  思わずびっくりして家の中のコンに声を掛ける。 「コン、大変です! ドラゴンの鼻からきのこが生えています!」 するとコンは慣れた様子で取りだした入れ物を持ったまままた出て来て、ドラゴンの首辺りを反対側の手で掴む。 「そっ、そんなことして良いの!」  コンのやっていることにウィスタリアまで驚いている。けれどもそんなことはどこ吹く風のコンは、手に持っていた入れ物を私に渡して、ドラゴンの鼻から出ているキノコを指先でつまんでいる。 「おー、珍しい。鼻きのこじゃん」  そしてそのまま、鼻から生えているきのこを引っこ抜いた。  これは痛くないのだろうか。そう思って心配していると、ドラゴンは大きく口を開けてからくしゃみをする。コンはドラゴンから手を離して、小さなキノコを私に渡した入れ物に入れた。 「あの、そのきのこはなんなんですか?」  私がそう訊ねると、コンは私の手から入れ物を受け取り、中身を私とウィスタリアに見せて言う。 「ああ、あのきのこっぽいのは鼻の中と周りに残った皮だよ」 「皮?」 「そうそう。こいつが脱皮するときは、脱いだ皮とか持ってきてもらってるんだけど、鼻の中の皮は一度にきれいに剥けないから、あとからちょろっと出てくるんだよな。 で、大体の場合は気づかないうちに抜け落ちて行方不明になる」  なるほど、きのこに寄生されていたわけではないようだ。  私が納得していると、ウィスタリアがコンのことをじっと見ている。たぶん、自分もドラゴンに触りたいと思っているのだろう。それを察したのか、コンがドラゴンに目をやる。するとドラゴンはウィスタリアをじっと見てから一声鳴いた。 「触っていいって」  どうやら許可の声だったようだ。コンからそう聞いたウィスタリアは、にこにこしながらドラゴンに近寄って手を伸ばす。相手が神秘の生き物だからか、それとも単純に小さい生き物だからなのか、随分と丁寧な手つきだ。  ウィスタリアが楽しそうにドラゴンを撫でている間に、私は気になったことをコンに訊ねる。 「ところで、脱皮と言っていましたが、ドラゴンはトカゲのように脱皮するのですか?」 「ん? そりゃするよ。爬虫類だし」 「あと、集めたドラゴンの皮はどうするのでしょう?」 「ああ、あいつの皮の使い道? 煎じて飲むと長く続く咳や肺の病にすごく効く」 「えっ? なんですって?」  肺の病に効くだなんて、それはとんでもないことだ。肺の病で命を落とす人は、この国ではどうかわからないけれども、私の故郷の国ではたくさんいた。その病を癒やすことができる薬というのは、不老、と言うのはないにしても不死の薬と言っても差し支えが無い気がした。  私の考えていることを察したのか、コンが釘を刺すように言う。 「言っておくけど、ドラゴンの皮の薬も万能じゃないからな」 「あ、そうなのですね……」  万能ではないと言われて頭を冷やす。知らず知らずのうちに、コンからドラゴンの皮を分けて貰って故郷に持ち帰ろうと考えていたのを反省する。  熱くなった頬を抑えながら、またコンに訊ねる。 「やはり、そのドラゴンの皮は皇帝に献上するのでしょうか。それとも、高額でどこかに売るとか?」  するとコンは、入れ物の中の皮をかさかさとかき混ぜてから蓋をしてこう返した。 「皇帝にはこの薬の存在を教えてない。万が一皇帝に知られたら、最悪ドラゴンが根こそぎ狩られるからな」 「ああ、なるほど」  人の欲に底が無いのは私も知っている。この国の皇帝は偉大な力を持っているとされているけれども、その力を持ってして、聖なる生き物であるドラゴンを狩ろうとするのは想像に難くない。 「これを使うのは、俺が気に入った人間だけだ」 「そうなのですね」  コンがこの薬を使うような人間というのは、どんな人なのだろう。やはり無私無欲な、聖人のような人間なのだろうか。そう思っていると、コンが私を見てにっと笑う。 「万が一の場合、お前達に使うのもやぶさかではない」 「えっと、それは……ありがとうございます」  つまり、私とウィスタリアはコンに気に入られていると言うことだ。もしもの時に助かるかもしれないと言うこととは関係なしに、なんとなく嬉しくなった。
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