こどもドラゴン

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こどもドラゴン

 私たちは、不老不死の霊薬を求めて西から東へと旅をしてきた修道士だ。  そうして辿り着いたこの東の国で、私たちの言葉など通じるはずもないし、もちろん私たちもこの国の言葉などわかるはずもなかった。  そう、ただひとりを除いては。  数ヶ月前、この国に辿り着いたはいいものの、言葉が通じずあわや野垂れ死ぬかと言うところに、この男は現れた。この男が話す言葉は、私たちにも理解出来る物だったのだ。  実際に、彼が私たちと同じ言葉を話しているかというと、そうではない。けれども、彼の話す言葉は私たちにも理解出来る理があるのだという。難しいことはよくわからないけれど、彼がその理を使う事ができるのは、彼が人間ではなく、あやかしと呼ばれる、悪魔に近い物だからだと言っていた。  そのあやかしの元に、私たちは今お世話になっている。神に仕える修道士として、悪魔のようなものの世話になるのはどうなのだろうとたまには思うけれども、彼には全くと言って良いほど悪意を向けられないし、彼なくしてこの国の住人と意思疎通を図ることはできない。それに何より。 「はい、今日のおやつは緑豆パイだぞ」 「ああ、美味しそうですね」 「やった。緑豆パイ好きー」  私も、私と共にここに来た友人も、あやかしである彼が作る料理をすっかり気に入ってしまっているのだ。胃袋を掴まれるととてもよわい。  私たちがここに留まっている理由はざっくりとその様な次第だ。今日もおやつと一緒に清々しいお茶を飲む。修道院にいるときと比べて、随分と贅沢な生活をしている様な気がするけれども、命がけで砂漠を越えてここまで来たのだからこれくらいは許して欲しい。  緑豆パイを囓り、手に持った蓋付きのカップの蓋を少しずらして中のお茶を飲んでいると、友人があやかしの彼にこう訊ねた。 「そう言えばコン、今日の晩ごはんはなんですか?」  コンと呼ばれたあやかしは、台所の方をちらりと見てから答える。 「今日は真珠貝のスープかな。ウィスタリアもあれ好きだろ」 「ネギ増し増しがいい」 「わかったわかった」  本当に修道士なのかと思ってしまうほど素直に注文を付ける友人のウィスタリアを見ていると、私も何かしらリクエストしていいのではないかという気になってしまう。けれども自分からなにか注文を付けてコンの手を煩わせてはいけないと思い、黙ってお茶を飲む。そうしていると、コンが今度は私の方を見てこう言った。 「ルカの好きなキクラゲも確保してあるからな」 「本当ですか! うれしい……」  キクラゲは、味こそ濃いきのこではないけれども、歯ごたえがいい。濃厚な味の真珠貝との組み合わせは最高だ。  夕食のプランを訊いて、おやつの緑豆パイを囓ってお茶を飲んで、思わず上機嫌になる。  そんな穏やかな時間を三人で過ごしていると、突然外からなにやら鳴き声が聞こえてきた。鳥の雛のような、笛の音のような、そんな鳴き声だ。  それを聞いてコンが立ち上がる。 「あ、知り合いが来たみたいだからちょっと出てくるわ」  そう言って、外に続く扉から出ていった。一体どんな知り合いだろう。そう思った私はウィスタリアと顔を見合わせて席を立ち、玄関からこっそりとコンの様子を窺う。  玄関の前では、コンが独り言を言っているように見えた。独り言というか、鳴き声に返事をしているので、そう見えるだけなのだろうけれども。  しばらく鳴き声の相手をしていたコンが私たちの方を向いて声を掛けてくる。 「こいつはなかなか人前に出てこないから、お前達からしたら珍しいやつかも知れない。 紹介するから出てこいよ」  紹介する。と言われて、私はまたウィスタリアと顔を見合わせる。本当にいいのかと思いながら、失礼します。と一声かけてからウィスタリアと一緒にコンの横へと移動する。  そこで、コンが相手をしていた生き物を見て、私とウィスタリアは思わず声を上げた。 「かっ……かわっ……」 「かーわいい!」  そこにいたのは、コンの胸の辺りの中空に浮かんでいる、角の生えた小さな蛇のような物だった。細長い胴体には小さな手だか足だかが四本ほど生えていて、黒くてくりっとした目できょろきょろと私たちの方を見ている。  大きな体をかがめて、ピィピィと鳴くその蛇のようなものと目線を合わせたウィスタリアが、かわいいかわいいといって手をわきわきさせている。多分触りたいのだろう。 「コン、この子はなんなんですか? 触っていいですか?」  コンに訊けば触らせてもらえるかと思ったのだろう、ウィスタリアがそう訊ねる。すると、コンはこう答えた。 「これはドラゴンの子供だよ。一応神に準ずる物だから丁重に扱うように」  その一言でウィスタリアは手を引っ込めて背筋を伸ばす。私も思わず背筋が伸びた。  私たちの様子を見てか、ドラゴンの子供が鎌首をもたげ、大きく口を開けて自慢げにピィ! と大きく鳴く。やはりかわいい。  そこではっとする。 「あの、神に準じると言うことは、天使様のようなものということですか?」  私がそう訊ねると、コンはすこし首を傾げて考える素振りを見せる。それから、きょとんとした顔のドラゴンと目を合わせてからこう答えた。 「そうだな、地位的にはそんな感じ」 「ひえ」  そんな神聖な生き物に、ついついとはいえかわいいかわいいといっていたのか。思わず声が漏れる。  急に緊張して縮こまってしまった私とウィスタリアをほうって、ドラゴンはコンに何かを話し掛けている。鳴き声にしか聞こえないので、何を訴えているのかは私にはわからないけれども。  少しの間そうしていて、それから、緊張している私たちの方を見たドラゴンは、また自慢げな顔をしてピィ! と声を上げた後、するすると周囲の森の中へと去って行ってしまった。  それを見送ったウィスタリアが残念そうに呟く。 「触りたかったです……かわいい……」  それを聞いたコンは、笑いながら言う。 「まあ、あいつが触っていいって言ったら、その時は教えるから触らせてもらいな」 「はーい」  ウィスタリアが残念そうな顔をする横から、今度は私がコンに訊ねる。 「ところで、先程のドラゴンはなぜここへ? 神に準じるものが何の用も無く来るとは思えないのですが」  すると、コンは真面目な顔つきになってこう答える。 「ああ、次はいつ頃蝕があるかを教えに来てくれたんだ。 いつも世話になってるやつに教えに行かないとな」 「さすが神聖な存在ですね。蝕の時期までわかるだなんて」  ただかわいいだけでなく、きちんとそういった予言もするのだなと感心していると、コンが家の中へ戻ろうと声を掛けてきた。ああ、そう言えばおやつが食べかけなのだった。
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