3話「鶯の森」

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3話「鶯の森」

 能勢電鉄(うぐいす)の森駅は、静かな住宅街に佇む無人駅だ。ウグイスが囀る森があったことからその名がつけられ、ホームの床を始め駅の構内は鶯色で統一されている。近年は、再開発が進み、森はその姿をほとんど消したが、狸やリスと言った動物たちが時折姿を見せ、春になれば由来にもなった鶯が長閑な静寂を賑わす。わずかに残った猪名川(いながわ)の渓谷と駅から続く急な斜面がかつての町の面影を今に知らせてくれている。  みなこと七海がホームへ出れば、春らしい囀りが駅舎に響いていた。きっと普段は気にもとめない日常の音が鮮やかに感じるのは、新生活が始まり、心が豊かになっているからだろう。この町の空気や匂い、吹き抜ける風は、ここにしかない世界で唯一のものだと思えば、全てが美しく色めき立って見えてくる。  そんな風に日々の鮮やかさに浸っているみなこの傍らで、なんの気もなしに七海は欠伸をしていた。細めた目で見つめてみるが、薄っすらと涙を浮かべた瞳は、ぼやっと改札の方を向いていた。 「七海は呑気でええなぁ」
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