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もうひとつ、大きな欠伸をして「何がぁ」と七海は腑抜けた声を出す。春の陽気のせいだろう。だけど、みなこが日常の鮮やかさに気づいたのも春のせいなのだ。呑気なのはお互い様かもしれない。
マルーン色の車体はゆっくりと動き出し、ウグイスの囀りをかき消して行く。桜の木々を抜けて、猪名川に抜けるトンネルへと車両は消えていった。
「あれ、高橋ちゃう?」
改札を抜けたところで、七海が坂を登っていく男子生徒を見つけた。紺色のブレザーは宝塚南のものだ。
「ホンマや、航平やなぁ」
「おーい、高橋」
「ちょ、なんで呼ぶん」
「いや、だって見つけたから」
どういう理屈や、とみなこは肩を落とす。別に構いはしないのだけれど。七海の呼びかけに気づいた航平は歩くのをやめ、こちらに向かい手を上げた。
「おぉ、みなこと大西やん」
「そっか、高橋も宝塚南やったんやな」
「まぁそうやけど、うちの中学から宝塚南行ったやつ少ないんやから、覚えといてぇや」
「悪い悪い」
ケラケラと七海は喉を鳴らした。
「みなこと大西も今、帰りか?」
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