78人が本棚に入れています
本棚に追加
音楽室のドアを半開きにしていたのもわざとらしい。自由な先輩だな、とため息を漏らしたみなこを見て、杏奈はくるりと踵を返す。窓の縁に腰をつけて、涼し気な風を背中で浴びながら、彼女は柔らかく口端を緩めた。
「あ、でも、エアコン付けてないからあとから困るなー。……まぁみんな来るのはもっと後やろうしええか」
冗談っぽい笑みを浮かべるが、その双眸の奥には戸惑いが漂っている気がした。こうして後輩に呼び出された理由を分かっている証拠だ。なら、遠回しに話を進める必要なんてない。きっと杏奈はもう誤魔化すことなんてしないはずだ。
「杏奈先輩……」
そっと扉を閉めて、みなこは杏奈の方へ近づく。朝陽を浴びたみなこの影は黒い布がかけられているグランドピアノまで伸びて、光に染まった鮮やかな黒を侵していた。吹奏楽部の練習のために半円に並べられた椅子、その間を通っていく。
「そんなに気になる?」
みなこが訊ねるよりも先に、杏奈が口を開いた。ひどく冷たい声色は、それ以上踏み込まないでという牽制のように思えて、みなこは思わず立ち止まった。
最初のコメントを投稿しよう!