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杏奈の表情はスッーと引き締まっていった。ちぎれ雲に隠れて陽の光が途切れる。静けさと冷たさが一瞬だけ音楽室を支配した。そこからまた窓から陽が差し込んできた。暗い影の中から浮かび上がった杏奈の表情は柔らかく、色んなことを受け止める覚悟を持っている気がした。
「ほら、聞いて。この間は誤魔化したけど、今度はもうそんなことせへんから」
――私が凡人やからかな。
お盆休みの直前、音楽準備室で会った杏奈は、「どうして辞めるんですか?」というみなこの問いに、そう答えて誤魔化した。勇気を振り絞って、みなこが伸ばした手を杏奈は拒否したのだ。だけど、今度は違う。彼女は、みなこがそこに踏み込むことを許している。
少しだけ埃っぽい空気を吸い込み、みなこは短く息を吐く。
「それじゃ、もう一回聞きますね……。杏奈先輩はどうして部活を辞めるんですか?」
「私に才能がないから」
「それって前と同じ返答じゃないですか……?」
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