9話「境界線Ⅰ」

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 杏奈にふざけている雰囲気はない。きっと本音なんだろうと思った。つまり、ここからさらに踏み込むしかないのだ。目には見えない境界線。すぐ隣にいるのに、そこに踏み込む勇気は振り絞らないと出てこない。触れちゃいけないはずの人の心に触れる恐怖を、みなこはしっかりと持っている。  けれど、ここまで来て尻込みするわけにはいかない。 「部活をするのに才能が必要なんですか?」  プロを目指すというなら話は分かる。けど、これは部活動だ。どれだけ下手くそで才能がなくたって続ける権利はある。それに杏奈がそれほど才能に乏しいとは思えなかった。 「部活を続けるには必要ないかもしれんな。けど、才能がないと好きな楽器は出来ひんのやで」 「どういうことですか?」  杏奈はスッと足を組む。片膝を手で抱えて、少しだけ背を曲げた。まるで表情を見られたくないように顔を伏せて、弱々しく声を出す。 「去年の今頃やったかな……。私はトロンボーンからベースにセクションを移ってん」 「杏奈先輩って初めからベース希望じゃなかったんですか?」 「うん。入部した時はトロンボーンセクションやった」
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