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杏奈にふざけている雰囲気はない。きっと本音なんだろうと思った。つまり、ここからさらに踏み込むしかないのだ。目には見えない境界線。すぐ隣にいるのに、そこに踏み込む勇気は振り絞らないと出てこない。触れちゃいけないはずの人の心に触れる恐怖を、みなこはしっかりと持っている。
けれど、ここまで来て尻込みするわけにはいかない。
「部活をするのに才能が必要なんですか?」
プロを目指すというなら話は分かる。けど、これは部活動だ。どれだけ下手くそで才能がなくたって続ける権利はある。それに杏奈がそれほど才能に乏しいとは思えなかった。
「部活を続けるには必要ないかもしれんな。けど、才能がないと好きな楽器は出来ひんのやで」
「どういうことですか?」
杏奈はスッと足を組む。片膝を手で抱えて、少しだけ背を曲げた。まるで表情を見られたくないように顔を伏せて、弱々しく声を出す。
「去年の今頃やったかな……。私はトロンボーンからベースにセクションを移ってん」
「杏奈先輩って初めからベース希望じゃなかったんですか?」
「うん。入部した時はトロンボーンセクションやった」
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