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「それじゃどうして今はベースを……」
杏奈がベースを弾いている。この春からジャズ研に入ったみなこにとって、それは当たり前の光景だった。だけど、それは本人の希望通りだったのか疑問に思ったことがないわけじゃない。
遠くから悲しげなトロンボーンのメロディが聴こえた気がした。それは準備室で杏奈と会った朝に彼女が演奏していたものだ。中学の吹奏楽部時代からトロンボーンだった彼女がベースに移動した理由。あの時のトロンボーンの音色に込められていた感情は、憂いだった気がした。
「去年からジャズ研にはベース担当がおらんかってん。空席やった椅子に私が座った」
「けど、杏奈先輩はトロンボーンがやりたかったんでしょ?」
「そうやな。でも、仕方なかってん」
「仕方なかったって……?」
強要されたのだろうか。去年のことは分からないが、少なくとも今の三年生たちがそういうことをするイメージはない。自主的に手を上げない限り、希望もしないセクションに移動させるなんてことはしないはずだ。そもそもメンバーがいないなんて理由なら、春のうちからベースをさせるんじゃないだろうか。
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