9話「境界線Ⅰ」

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「何度も言うけど、私には才能がなかった。諦めてん。あの子には敵わない。だから、誰もいないベースに移った」    ――あの子には敵わない。そう繰り返して、杏奈がこちらを向いた。潤んだ双眸から今にも雫が零れそうになっていた。溢れ出しそうになっている感情は、悔しさだろうか。それとも。彼女の話す敵わない相手を、みなこは一人しか知らない。 「もしかして、里帆先輩とあの夜話してた互いに好きになれないのって……」 「うん。桃菜のこと」  乾いた言葉は、しっとりとした空気に溶けていく。水分を多く含んだ杏奈の柔らかい唇が、彼女の感情を押し殺すように噛み締められて白く染まっていった。 「笠原先輩って初心者やったんですよね」 「そうやで。桃菜は初心者やった。だから負けるわけはないと思ってた。うちは経験者、吹奏楽部時代には部長として部員を引っ張ってやってきた自負もあった。やけど、今のあの子の演奏を聴いたら分かるやろ? あの子は特別やねん。吹奏楽部で三年間、全国を目指して練習を積み重ねてきた私の努力を、ほんの数ヶ月で抜いてしまった」
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