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3話「無関心」
感情的なトロンボーンのグリッサンドが登場するのは、『Rain Lilly』の中盤、秋の嵐のように激しく入れ替わるトランペットとピアノのソロを繋ぐシーンだ。吹き荒れては気まぐれに穏やかになる風のような難解なパッセージを桃菜は涼し気な顔で吹きこなす。
同じフレーズを杏奈と大樹も演奏しているのだが、そのクオリティーの差は一目瞭然だった。恐ろしいくらい早いテンポ感に大樹は顔をしかめて、曲の難易度に杏奈は顔をこわばらせている。二人は中学生の頃から吹奏楽部でトロンボーンをやってきたはずだ。今はメインにしている楽器は違うけど。少なくとも杏奈は全国を目指していたらしい。それなのに、桃菜はトロンボーンをはじめてまだ一年半ほどしか経過していない。
――特別。
杏奈が言った言葉が脳裏を過る。確かに桃菜は天才だ。その実力は疑いようがない。
中盤の終わりを告げたのは、雷鳴のようなピアノのクレッシェンド。轟々と吹き付ける風のようなトランペットが一瞬にして淀んだ世界を晴らしていく。残響が柔らかく散っていく中で、奏のウッドベースが嵐の過ぎ去ったあとの空みたいな静かなラインを刻んだ。
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