4話「目配せ」

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 うーん、と喉を鳴らしながら、美帆は手首の時計に視線を落とした。七時に限りなく近い位置に、短針があるはずだ。 「もー、……しゃあないな。ごめん、桃菜。私のトランペットもなおしといて」 「うん。ええよ」  手に持っていたトランペットを桃菜に手渡し、美帆は大きくため息をこぼす。「ありがとう」と里帆が美帆の手を引いた。  二人が部室へと入っていく瞬間、里帆がこちらに目配せを飛ばした。桃菜が一人になるチャンスを作ったから。そんなメッセージをみなこは受け取る。だけど、きっとこれは強制じゃない。杏奈の時と同じだ。機会はあげるけど、そのチャンスを活かすかどうかの判断はこちらに委ねられている。あくまで立ち聞きをしてしまった罪滅ぼしのため。気に留める必要はないけど、気になるなら入ってくることを拒まないから好きにして。里帆のスタンスは一貫されている。  準備室の中へ消えていく桃菜の背中。プラスティックのスイッチが弾ける音がして、夕焼けに染まった廊下にパッと明かりが漏れる。何重にも重なった影のコントラストの中に、彼女の姿が消えていく。きっと、部屋の中は桃菜一人きりだ。 「みなこどうしたん?」
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