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5話「境界線Ⅱ」
胸くらいの高さの棚に、桃菜は腕を伸ばしていた。華奢な身体がトロンボーンのケースを支え、空いているスペースへと押し込んでいる。夕焼けに伸びたみなこの影が、その足元に落ちた。影に気づいた桃菜がこちらを見遣る。
「お疲れ様です」
「おつかれ」
視線が合い声をかけると、桃菜は吐き捨てるように答えた。真っ白な腕が夕焼けのオレンジにほんのりと染まっている。
床に置かれた美帆のトランペットケースを抱えると、桃菜が反対側の棚に向きを変えた。
「何?」
二つ結びにした髪を揺らしながら、コクリと首を傾ける。可愛らしい仕草とは裏腹に、視線は冷たく、「あなたは準備室に用はないでしょ?」と言われている気がした。
「……いえ」
やっぱり桃菜とは喋りづらい。それは向こうがこちらと親しくしようという気が全くないからだろう。ハッキリと引かれた境界線は随分こちら側。入ってこないでと明確に書かれている。曖昧だった杏奈とは真逆だ。
「笠原先輩って美帆先輩と仲良いんですね」
「一年生の時からクラス一緒やから」
「そうなんですねー」
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