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純粋な興味から出た質問だった。トロンボーンは入部当初から杏奈が希望していたはずだ。欠員だったベースをはじめ、二年に担当がいない楽器は他にもある。楽器初心者だった桃菜なら、その楽器を嫌う理由がない限り、空いているセクションを希望する方が賢明に思えた。
「それは……」
桃菜の視線は窓の方へそれた。弱々しい声が、夕陽に跳ね返されてオレンジ色に染まったフローリングに落ちていく。みなこは直感的に何かある。そう思った。
「トロンボーンが好きだったんですか?」
「ううん。そういうわけじゃない」
「だったら、どうしてですか?」
あなたには関係ないでしょ? ぞんざいな返しをするのは容易だったはずだ。だけど、桃菜はそうしなかった。細い腕がじんわりと汗ばんだ首筋を撫でる。一瞬、視線を外して、それから真っ黒な双眸がみなこを見つめた。
「入部する前、鈴木さんが教室でとても楽しそうにトロンボーンの良さを話しているのを聞いてん」
「杏奈先輩がですか?」
「うん。とっても楽しそうに話してた。だから、きっと素敵な楽器なんだろうなって」
「それでトロンボーンを希望したんですか?」
「そう」
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