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意識の外側にあった蝉の鳴き声が、急にみなこの鼓膜を激しく揺すった。同時に遠ざかっていく桃菜の声。それを逃さないようにみなこはぐっと唇を噛み締めた。
「あの子が話していた通り、素敵な楽器やった」
胸を撫でてくるのはなんという感情だろうか。やるせなさに似た歯がゆいもの。自分は一体、何を期待していたんだろうか。杏奈からポジションを奪ってやろう。桃菜にそんな悪意があればいいとでも思っていたのか。悪意があるなら、その態度を改めさせればわだかまりはなくなると、それが杏奈の退部の要因だと、心のどこかで願っていたのかもしれない。
桃菜の眉根が僅かにあがる。こちらを見つめる双眸が、キラリと夕焼けに輝いた。下がった瞼の縁に生えたまつげがその輝きをかすめさせる。
「なんで、こんなこと聞くん?」
「それは……」
「もしかして、里帆?」
「いや……。はい」
「そっか。別にええねんけどさ。里帆がしそうなことや。……言いたいことがあるなら、自分で言いに来ればええのに。傷つきたくないんかな」
「そういうわけじゃないと思います。……だって里帆先輩は」
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