5話「境界線Ⅱ」

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「笠原先輩は何も知らないんですか……」  弱々しくなった言葉は、ほんの少しだけ嫌味を含んでいた。杏奈の苦しみを理解している分、それが如実に感情となって表に出てしまったらしい。言葉の鋭さが口の中を傷つけたのか、血の味が上がってきた。 「何のこと?」  重たく生ぬるい風が、みなこの髪を揺らす。くどいくらいに夏らしい音が耳元で鳴り響く。じんわりと掻いた汗が耳の裏から項を通って制服の中へと流れていった。 「杏奈先輩が部活を辞める話です」 「鈴木さんが?」 「そうです」 「どうして?」  それは、「どうして杏奈が辞めるのか?」ではなく「どうしてその話を私に?」なんだろうと思った。やっぱり桃菜は、杏奈が辞める理由を知らないのだ。ただ、たとえどちらの意味だったとしてもみなこの回答は変わらない。 「杏奈先輩が部活を辞める原因は笠原先輩だからです。笠原先輩にトロンボーンを負けたことが悔しくて、杏奈先輩は退部を考えていて……」 「私が彼女のトロンボーンを奪ったって言いたいん?」 「いえ、そういうわけじゃ……」
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