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周りに部員はいない。文化祭前のガヤガヤとした騒がしさがみなこの声を杏奈にだけ届ける。
「どうかな?」
小首を傾げながら、杏奈は眉尻を下げた。その表情は今までとは違うものに見えた。きっと、桃菜の話を聞いて、この問題の本質が分かったからだろう。それは優しく明るい先輩じゃなく、独りよがりで子どもっぽいものだった。
「どうしても辞めるんですか?」
「そうやな。もちろん本番が楽しみ。去年は叶わなかった。……この子と一緒に出られるから」
杏奈の撫でたトロンボーンが、薄く暗い廊下で異様に輝きを放つ。せっかくの輝きを濁しているのは杏奈の心情だろう。
「杏奈先輩が辞めれば悲しむ人がいます」
「悲しむ人? 里帆?」
「いいえ。奏ちゃんです」
「……この間、風邪やって言ってたけど、もしかして気にして休んだりしてた?」
「……たぶんそうです」
「そんなに私のことを気にかけてくれてるなんてな。申し訳ない気持ちはある。けど、奏ちゃんには関係のないことやろ? 清瀬ちゃんは、私にこんな辛く惨めな思いをずっと抱き続けろって言うん?」
「そういうわけじゃ……」
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