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楽屋での彼女の様子は何も変わらない。里帆と楽しげに会話をしているし、ワンステ目でも普段通りの演奏をしていた。本当に、彼女はこの文化祭終わりに部活を辞めるつもりなのだろうか。
合宿所で聞いた話も、朝一の準備室で聞いた話も、全部が嘘のように思えてくる。あれらは全部、自分が見た夢の話だったんじゃないだろうか。だけど、奏の浮かない表情が、この一ヶ月間の出来事が事実だったと告げていた。
奏に生じているのは、みんなは気が付かないくらいのほんの些細な変化だ。それはきっと、杏奈にも生じていることなんじゃないだろうか。親しくない自分には分からないことなのだ。恐らく、そばにいる里帆は気づいているはずだ。
視聴覚室の方から響いていた重低音が止んだ。同時に、知子が手を打ち立ち上がる。
「それじゃ本番の準備をお願いします。十五分後に開演です」
ざわざわと部員たちが動き出した。本番が始まる。そしてこのステージの終演は、杏奈の退部へと繋がっている。だけど、本番前の緊張の中、みなこにはどうすることも出来なかった。
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